表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/29

第零話 絶望、そして復讐の始まり

 識がこの村にやってきてからというもの、村には活気が満ち満ちていた。異世界へと転移してきた識を助け村へと連れてきてくれたリリアと共に、汗を流し、知恵を絞り、時には小さな摩擦を乗り越えながら築き上げてきた平穏は、何よりも識の心を温かく満たしてくれていた。底辺機械オタクと揶揄されくすぶっていた自分を、この世界の誰もが認めてくれ、頼りにしてくれる。そして何より、リリアが隣で、まるで当たり前のように自分に寄り添ってくれている。その事実が、識にとっては何よりもかけがえのない宝物となっていたのだった。


 その夜も、識はリリアの腕の中で眠りについていた。

 温かく、柔らかいリリアの腕。規則正しい寝息と、わずかに香る草木の匂いが、識の心を深い安らぎで包み込む。ぎゅっと抱きしめられ、「私を置いて、どこにもいかないでね」と囁かれた言葉が、まだ耳の奥で甘い余韻を残していた。

 このまま、この温もりの中で、ずっと、いつまでも生きていきたい。そう、識は心から願っていた。


 しかし、その願いは無残にも引き裂かれることになる。

 翌朝、夜明け前の静寂を切り裂くように、村にけたたましい警鐘が鳴り響いたのだ。

 識は飛び起きた。その隣には同じように体を起こしたリリアの姿があった。

「シキ! 大変よ!」

 リリアと識は大急ぎで身支度を整え、事態を把握するために長老の家へと向かう。


 村に冒険者がやってきた報せが届いたのは、当直の防衛隊員がほとんど壊滅した後だった。長老は直ぐ様非戦闘員に避難命令をだし、村に駐屯する防衛隊にその時間稼ぎを命じた。

 識とリリアが長老の家にたどり着いた時には、既に冒険者の魔術師により村に火が放たれ、混乱を極めていた。

 

 識とリリアは、この状況下でも自分達に何かできることはあるはずだと長老に食い下がったが、長老は頑なに応じず、リリアに識を守ることを命じた。

「シキを、オーク族の集落へと逃がすのだ! 彼らに連絡はしておいた。必ずやお前達を受け入れてくれるはずだ。リリア、これは命令だ! 聞き分けなさい!」

 尚も食い下がろうとしたリリアだったが、鬼気迫る長老の様子に苦渋の表情で頷くと、識の手を引いて黙って走り出した。


 その間にも冒険者の暴虐は続き、ついには長老の家にまで火の手が迫る。

 扉を蹴り開けて入ってきた冒険者達に、長老は声を荒らげて糾弾する。

「何故、何故このようなことをする! ?我らは貴様らに何の害も与えておらんだろう! それを――」

 長老が必死の形相で問い詰めたが、冒険者の返答は冷たい剣の一刺しだけだった。


 識はどうすればいいのか分からなかった。

 識の異能は直接戦闘には向かない力だ。空間指定、設計、出力というプロセスが必要になるため、即時発動出来るような異能ではない。その上、指定空間内に生命――例え小さな虫一匹でも――がいれば発動すらしてくれない。運よく指定空間内に生命がいなかったとしても、呑気に敵の目の前で設計なんてさせてもらえるはずもないだろうが。

 涙を浮かべながらら、唇に血が滲むほど歯を食いしばって識の手を引いて走るリリアに、識は何も声をかけることは出来なかった。


 ようやく同盟関係にあるオーク族の最寄りの集落へと通じる経路がある村の採石場に着こうかというところで、とうとう冒険者達が追いついてきた。彼らは色とりどりの様々な装備品を装備している、まさに識のイメージする冒険者然としていた。

「あぁ? お前、人間か?」

 その中のリーダー格らしき男が、識を見つけて声をかけてきた。

「何でだよ……! 何で、お前たちはこんなに酷いことが、平然と出来るんだ……!」

 血を吐くような思いで問いをぶつける識だったが、その答えは酷く淡白なものだった。

「儲かるからだよ。他に理由が必要か?」

「――逃げなさい、シキ!」

 その答えを聞くや否や、リリアが風のように目にも留まらぬ速さで飛び出す。

「ほぉ? 抵抗してきたのはお前が初めてだな」

「うるさいッ! !」

 怒り狂ったリリアの猛攻を、小馬鹿にした男は難なくいなしている。

 リリアは勝てない。識にすらすぐにそれは分かってしまった。

 識はリリアが稼いでくれた時間を無駄にしないために、すぐに異能を発動させ、設計を開始する。

(なんでもいい、この場を切り抜けられるなら、どんな代償だって――)

 識の魔力を根こそぎ奪い去って、識の異能は一瞬のうちに巨大な氷塊を冒険者達の頭上に出力する。

「リリア、こっちだ! 早く!」

 突然の出来事に浮足立った冒険者達を尻目に、今度は識がリリアの手を引いて採石場の坑道へと駆け出した。


 坑道は迷路のように入り組んでいる上、もしもの時のために村からの脱出経路も担っている。ここからならオーク族の集落へと逃げ込むこともできるはずだ。

 識は後ろも振り返らずに、一心不乱に坑道の奥へ奥へと走り抜ける。

(もうすぐ、もうすぐ……っ! ! )

 脱出経路へと繋がる小さな横道が、暗がりの向こうにポッカリと開いているのが見えた。

「リリア、もう大丈夫だ! これで――っ! ?」


 刹那。何者かに突き飛ばされたと自覚するよりも先に、識は坑道の壁に全身を強く叩きつけられた。

 慌ててリリアの無事を確認しようと顔を上げると、そこには、胸の中心から剣先を生やしたリリアが、呆然と立ちつくしていた。

「リリアああああああああああああっ! !」

 半狂乱になって叫ぶ識だが、リリアの眼は既に何も映してはいない。夜空に浮かぶ月のように美しかった金色の瞳は、暗く濁り、頬には大粒の涙を流していた。

「っせぇなぁ。洞窟ん中で騒ぐんじゃねぇよ」

 無遠慮にリリアの胸から剣先が引き抜かれる。

 ヒュッという声のような音を立て、リリアはドサリと崩れ落ちた。

「おっ、魔力結晶あったあった。……んだよ、こいつのは他のやつに比べたら大した値にならんな。まぁ、人間領(こっち)に逃げ出してきた間抜けなゴブリン共に比べたらマシだがよ」

 剣先を引き抜いた拍子にリリアの体内から地面に零れ落ちた、赤い血に塗れた紫紺の結晶を眺めながら、さもつまらなそうな声で男が言う。

 その声を聞いた瞬間、識の視界は真っ暗になまった。


(は? ゴブリン……? 人間領に逃げ出した、だって……? )


 識は自らの頭に思い浮かぶ最悪のストーリーに戦慄を覚える。

 数週間前の、ゴブリンロード率いる五千もの数のゴブリン族の襲来。識はゴブリンロードの暗殺を計画し、作戦は実行された。暗殺は成功し、()を失ったゴブリン達に向かって、ダークエルフの村人一人一人に持たせた拡声器による雄叫びを浴びせるで、二百の村人を一万の軍勢がいるように錯覚させた。識の計略によって、ゴブリン達は恐慌状態に陥り潰走。無事に村は守られた。少なくとも識は、そう思っていた。


(まさか、そんな……あの時のゴブリンが、人間領へ逃げ出して……ッ!? )


 恐らくはそれが人間たちの目に留まり、冒険者ギルドに討伐依頼が出されたのだ。


「まさかケチなゴブリン討伐の仕事かと思ったら、こんなに美味い仕事になるとはな」


 ヘラヘラと笑いながら喋りかけてくる男に、識は怨嗟の眼差しを向けることしかできない。


(だけど、だとしたら……! これは、俺が招いたことなんじゃないのか? 俺が、リリアを……みんなを……殺した……?)


 識は目の前に転がっていたリリアの魔力結晶をひっ掴み、坑道の奥へと走り出す。

「チッ……んだよ! 面倒くせぇなぁ!」

 聞こえてくる冒険者の男の声を呪いながら、識は坑道の空間全体を測定し、人間大の生命の数を確認する。魔法は発動できなくても、レーダーのように使うことはできるのだ。全ての冒険者がこの坑道内に入り込み、生き残りの捜索にあたっているのが識には手に取るように分かった。

 識は脱出経路の入り口付近に隠してある採掘用の黒色火薬の保存庫へとひた走る。それでも人間を殺すつもりはないのか、冒険者の足取りは重く本気で識のことを追いかけてはこない。


(なんなんだよ……! 魔力結晶が体内にあるだけで、殺す理由になるってのか……!? )


 それがより識の怒りに油を注ぐことも知らずに。


「おいおい、どこまで逃げんだよ。いい加減に――」


「――お前も、死ね!」


 冒険者の言葉など待つはずもなく。坑道は識により起爆された大量の黒色火薬によって跡形もなく崩落した。




「――ッ」


 全身に走る鈍い痛みに、識は意識を取り戻した。

 識は、崩れ落ちた坑道と脱出経路の境界線で目を覚ましていた。脱出経路はその役割故に、坑道よりも更に頑丈に作ってあったのだ。そのために、黒色火薬の爆発においても崩落することなく、識にとってシェルターの役割を果たしていた。


 識は脱出経路を抜け、村の外へと単身脱出を果たす。

 しかしすぐに後ろを振り返り、坑道が存在した空間全体を指定し、生き残った人間がいないことを確認する。

(反応なし……全員死んだか)

 別に達成感も喜びもありはしない。ただの確認作業だ。生き残っていたら確実に殺さなくてはならない。

「リリア……みんな……どうしてなんだよ……なんで、こんなことに……」

 リリアの魔力結晶を硬く握り締めながら、識は嗚咽を漏らす。

 空からはポツポツと雨が降り出し、燃え盛る村の火を優しく消し止めようとしている。

 しかし、識の心の中に燻る暗い炎は、その優しさ程度で消えることは決してなかった。


 その後、識は村人の埋葬を行った。

 冒険者が集めていた魔力結晶を一つ残らず回収し、村人の遺体と共に埋葬していく。

 どの魔力結晶が誰のものだったのか、識にはわからない。

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 それしか言葉を発することが許されていないかのように謝りながら、一人に対して一つの魔力結晶を持たせる。

(人間に対する警戒心が薄れていたのは、間違いなく俺が原因だ。俺がゴブリンを殲滅できていれば、こんな酷いことにはなっていなかった……。全部、全部俺のせいだ……)

 自責と後悔の念に苛まれながらも、識は埋葬を続けていく。

 200名近くの遺体の確認、移動、埋葬は三日三晩にも及んだ。

 もう識の眼に涙はない。とっくに枯れ果ててしまった。

 あるのは暗い自罰と復讐の炎だけだ。


 全ての村人の埋葬が終わった時、識の手に残されていたのは、リリアの魔力結晶だけだった。彼女の遺体は見つからなかった。識が冒険者諸共吹き飛ばしてしまったのだ。

 識は、祈るようにその魔力結晶を握り締める。


(リリア……。守れなくてごめん。弱くてごめん。置いていってごめん)


 識はくり返しくり返し懺悔し、自らを断罪する。


(絶対に俺が、みんなの仇をとるから。俺が、絶対に――)


 識には、かつての気弱で優しげな印象はもうどこにもなくなってしまっていた。


(――人類を滅ぼしてみせる)


 復讐者と化した識の、復讐譚が始まる。

評価やブックマーク、感想等いただけますと大変喜びます!

励みになりますので、もしよろしければお願いいたします!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ