09.国境沿いの村の実態
そして翌日。
前回と同じように、僕は食料を袋に詰め込んで、移民たちが避難している南東の村に持って行く。
上空を飛んでいると、先日はなかったものが目に入り、「あれっ」と声が漏れた。
それは、村の入り口付近に作られたバリケード。
土嚢や、おそらくは木の廃材などを利用したのだろう、容易に村に入れないような壁が村の北側に出来上がっていた。
「気休めにしかならんかもしれんが、まあ、ないよりはマシだろうと思ってな」
大急ぎで築き上げたのだろう、最初の村の村長さんは、少し疲れた様子でそう僕に教えてくれた。
「あ、あの……ここで敵と戦うつもりなんですか」
「……そうだな」
「そんな! 無茶ですよ!」
返す声が思わず大きくなってしまった。
だって、どう考えても負けるに決まってる。
攻めてくるのはフェルミー直属のスケルトン軍団。疲れも痛みも感じない、戦闘に特化したアンデッドなのだ。ここの村人では相手にもならない。
それに、こっちの目的は戦って勝つことじゃない。
たとえ撃退できたとしても、皆が無事でなければ何の意味もないのに。
「逃げましょうよ。どこか別の場所で、新しい村を作ってやり直せば──」
「それこそ無理だ。これだけの人数が暮らせる土地がどこにある? 所詮我々ははぐれ者、受け入れてくれるところなどない。それに、この地を統括している侯爵が許しはしないだろう」
「そんな……」
「……やるしかないんだよ。ここまできたら」
気丈に振る舞ってはいるが、彼の表情は死を受け入れた者のそれだった。
……ああ、いけない。逃げる場所がないのだとしても、ここで戦ったら本当に死んでしまう。
(こうなったら……恥を忍んで、この村長さんを魅了にかけて操るしか……!)
「えいっ、えーいっ……!」
ぐい、ぐいっ。
「……何をしとるのかね、君は」
「そっ、村長さん、ヤケになったらダメです! ぼっ、僕もご奉仕……じゃなかった、お手伝いしますから、何か他の方法を考えましょう!」
「……それはありがたいが……とりあえず、肌をさらすのはやめなさい。あと、若い娘さんがそんなに胸元をくっつけるのは……どうかと思うのだが」
ブラウスのボタンを外して、村長さんの腕に胸を押し付けてみた。
でも、赤面してはいるけど、まるで効いてる様子がない。
というか、逆にちょっと引かれてるような。
(や、やっぱり全然誘惑できてないんですけど!? 僕のサキュバスとしての力って……これ、実はまったくないんじゃないの?)
と、そこへ。
「ああ、こちらでしたか。そちらのお嬢さんが、食料を持って来てくれた方ですか?」
後ろから声を掛けられ、思わず村長さんから身体を離す。
振り向くと、そこにいたのは二十代前半くらいの青年。
彼は避難先である、この南東の村の村長さんとのことだった。
「あなたのおかげで、久しぶりにきちんとした食事を摂ることができました。どうもありがとう」
「い、いえ。大したお力にもなれませんで……」
彼は手短に礼を言い、最初の村の村長さんと少し言葉を交わすとすぐに作業に戻っていく。
その後ろ姿を見ながら、「ずいぶんお若いんですね」と僕が言うと、最初の村の村長さんは「つい最近、前の村長だった親父さんが亡くなったばかりでな」と気の毒そうに言った。
「うちの村もギリギリだが、彼らはそれ以上に困窮していたんだ。ここ数日でも彼の親父さんをはじめ、何名かが亡くなったらしい。全員、餓死だそうだ」
「餓死って……」
食料が足りない。それは作物が育たないことに加え、近くに住む侯爵家の者たちがしばしば過度な取立てを行っているせいだった。
取立てというか、要するにそれは遊び半分での収奪のようなもの。
そして、村人たちの遺体は埋葬する余裕がなくて(埋めたりする時間も体力もないらしい)、村のはずれの廃屋に安置してあるという。
この世界の今の季節は昼間も涼しく、すぐに腐ることはない。
とはいえ、埋葬すらできないその状況は、あまりにも悲惨で痛ましいものだった。
(あっ、そうか……埋める体力すらないということは、逃げる余力もないんだ……!)
そこでようやく、どうして戦う選択肢を取ったのかを理解する。
逃げないんじゃない。逃げることすらできないのだ。
進退窮まるこの状況、いくら他人事でも彼らの境遇を目の当たりにして胸が痛む。……今ここで、この人たちを見捨てることなんてできない。
(どうにかして……皆を助ける方法はないのか……?)
そんな時、突如村の奥側から、衝撃音と悲鳴がこだまする。
「まっ、魔王軍だーっ!」
(えっ──!?)
それは、フェルミーのスケルトン軍団急襲の報せ。
襲撃されることは当然わかってた。だけど、その方向はまったく予想外からのものだった。
彼女と配下のアンデッドたちは、大きく迂回したルートを取り、バリケードのある方ではなく、村の裏側から襲ってきたのだった。