表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/37

08.人間たちを逃がして怒られる(当たり前だ)


「なんてことだ……」


 村長は高台の物見やぐらの上で、額に手をかざして西の方角をにらみつけた。

 その方向の森の中には、フェルミーのしもべであるスケルトンの一団が見える。

 木々にさえぎられて全部はわからないけど、少なくとも村人たちの倍以上はいるようだ。


 意外と早かったな、と僕は思った。

 スケルトンたちの歩みは、それほどの速度ではない。

 ただ、彼らは疲れることがないため、悪路や装備の重量に行軍が影響されない利点がある。

 このままでは、あと二十分もしないうちに村に着いてしまうだろう。


(……これは……ちょっとやばいかもしれない……)


 そう思っていると、村長は僕に向き直り、先刻以上に真剣な表情で言った。


「……お嬢さん、君の名前を聞いていなかったな。名前は?」


「あ、ラテアです」


「ではラテア君、我々の逃げる方向を教えてくれ。受け入れてくれるところがあるなら、そこへの取り次ぎも頼みたい」


「えっ……僕の言うことを信じるんですか? どうして……」


「どうして何も、実際に魔王軍が攻めてきているんだ。何を疑うというのかね」


「いえ、でも……。たとえば僕も魔王軍で、あなたたちを罠にはめようとしている……とか」


「それならわざわざ知らせる必要はなかろう。黙ってあのガイコツ軍団に村を襲わせればいいだけだ。我々のような移民には、戦う力も助けを求める先もないのだから」


 ……なるほど、言われてみれば確かにそうだ。

 あと、移民の人たちが王都から見放されているというのは、どうやら本当らしい。


「……すみません。信用していただいて嬉しいですが、何かツテがあるわけではないんです。僕はこのあたりに詳しいわけでもないので、逃げる場所も……」


 僕は頭を下げる。村長さんは取り乱す様子もなく、すぐに思考を切り替えて、自らで結論を下した。


「わかった。では、ここから南に我々と同じ部族の村がある。そこへ一時避難させてもらうことにしよう。悪いが誘導を手伝ってもらえるかね」


「も、もちろんです! 僕にできることならっ」


「ありがとう。助かるよ」


 こうして僕は、何の因果か村人たちの魔王軍からの避難を手伝うことになったのだった。







 村の南方に位置している同じ移民の村。

 実を言うと、避難先のその村も国境に面していたため、スケルトンの進行ルートに入っており、すぐに移動しなければならなかった。

 村長さんが南の村の人たちを説得してくれて、今度はそこからさらに南東にある村へ。ただ、人数が増えたので、移動速度は遅くなる。

 スケルトンたちは、先の二つの村を占拠したことで行軍する兵が足りなくなったらしく、それ以上追ってくることはなかった。


 とはいえ、その日は助かったというだけで、問題は山積みだ。

 まず、食料が足りない。

 皆が着の身着のまま飛び出して、狭い村に三倍の人数がすし詰め状態。しかも、ここらの土地は作物もろくに育たないやせた土壌だという。

 なので、急場しのぎではあるけれど、僕は魔王城からこっそり食べ物をくすねてきて、村民に配ることにした。


「お、重い……」


 大きな袋にかなり詰め込んで、ちょっとしたサンタクロース状態だった。

 袋をぶら下げながら夕焼け空をパタパタ飛行するサキュバスの図は、傍から見て、とてもカッコ悪かったのではないかと思う。

 例によって、村の手前で着替えを済ませ、徒歩で来たように見せかける。

 もちろん、これでずっと飢えがしのげるわけじゃないけど、それでもたくさんの人が喜んでくれた。

 村長さんは、どこから持ってきたのかと少し疑問に思ったようだったけど、あえて追及せずに受け入れてくれた。



「はぁー……ただいまー……」


 そんな感じで、その日は村を離脱して、魔王城に帰還。

 正直、疲れ切って、これからのことを考える余裕もなかった。

 というか、今の僕がどういう立場で、何をやってしまったか。今日の行動でどんな影響が出るかなんてことも、まるで想像する余力はなかった。


 そして、そのツケはわずか数分後に払うことになる。


「ラテアーーーーーっ!!」


 まるで僕の帰宅を見計らったように、フェルミーが部屋に押し入って来た。


「ど、どうしたの、フェルミー」


「どうしたのじゃないわよ! あんた、何考えてんのよ!」


 そのまますごい剣幕で詰め寄られて、壁際まで後退させられる。


「スケルトンたちから聞いたわ。襲おうとしていた村人を、あんたが避難させてたって! おかげでこっちはアンデッド化の収穫ゼロよ! ていうか、マジで何考えてるのよ! 人間どもを助けるなんて!」


「い、いやぁ……。でも、村を占拠できたんなら、結果オーライじゃない?」


「『人間たちを勇者にぶつけろ』って魔王様の命令、忘れたの!? 空っぽの村をスケルトンが占拠しても、任務達成にはならないのよ!」


 あっ、そうか……しまった。

 そもそも、何を考えてると問い詰められても、何も考えてなかったわけで。

 あえて言うなら、村人たちの皆殺しだけは避けたかった。

 でも、それをどう言い訳すべきか……ダメだ、上手い嘘なんか何も思いつかない。

 頭の中で考えを巡らせた後、結局どうしようもないと悟った僕は、全部本音を話すことにした。


「……ごめん、フェルミー。村人たちを逃がしてしまったことは謝るよ。確かに、僕が自分の意思でそうさせてもらった。でも、やっぱりむやみに人を殺すのは、良くないと思うんだ」


「……人間みたいなことを言うのね」


 まあ、人間だからね、魂は。


「僕だって、これが戦争だってことはわかってるよ。甘いこと言ってたら、こっちが危なくなるってことも。でも、彼らは戦いに参加すらしてない民間人じゃないか。操るとかならまだしも、皆殺しっていうのは、やっぱり僕には受け入れられないんだ。それとも、フェルミーは……人を殺すのが好きだったりするの?」


 僕はできるだけ真剣に語り掛ける。

 はっきり言って、これは甘すぎる考えかもしれなかった。

 ただそれでも、無抵抗の人間を殺すのは、やっぱりおかしいと思うのだ。

 あるいは、魔族と人間とで、そういうことの価値観は異なるのかもしれない。

 でも、他のことは置くとしても、命に関わるようなことは、僕は僕自身の価値観を譲りたくないと思った。

 フェルミーはそんな僕の思いを感じ取ったらしく、声色をいくらか落ち着かせてこちらに向き合ってくれた。


「──馬鹿にしないで欲しいわ。殺人なんて、好きでするわけないでしょう?」


「だ、だったら──」


「それでも私は死霊術士なの。代々受け継がれてきた死霊術を使って、魔王軍のために働く。それが私の死霊術士としての誇りなのよ。それに、あんたみたいにたくさんの人間を操れるわけでもないし。アンデッド化させるのが、任務達成のためには一番いい方法なの」


 「精神操作の魔法はね、私の場合せいぜい二、三人にかけるのが精いっぱいなのよ」、そうフェルミーは言葉を足す。


(いや、僕はその一人すら操れないようなんだけど……)


「じゃ、じゃあさ、死霊術で他に方法はないのかな。人を殺さなくても、味方に取り込めるような平和的な方法が……」


「……あるわけないでしょ、そんなもの」


 フェルミーは大きなため息をつく。

 続いて、少し考える素振りを見せた後で、覚悟を決めた表情で僕に言った。


「次の村は準備が出来次第、襲わせてもらうから。あんたがどれだけ邪魔しようと関係ないわ。村がどうなろうと、どっちが勝っても恨みっこ無し。いいわね、ラテア」


 そして、こちらに背を向けて、ドアノブに手をかける。

 僕はそんな彼女にためらいながらも声をかけた。


「……あの、フェルミー。もう少しだけ、聞いてもいいかな」


「何よ」


「フェルミーは……人間に恨みがあるわけじゃないんだよね? 積極的に人を傷つけたいわけでもなくて……」


「……あんた、本当に変わったわねぇ。優しくなったっていうか……。ええ、そうよ。恨みもないし、傷つけたいわけでもない。これでいい?」


「……うん。ありがとう」


「死霊術の平和的な使い方、ね……。そんなものがあるなら……私だってそうしたいわよ」


 出て行く時、彼女が最後につぶやいた言葉は、どこか寂しそうな響きを含んでいたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ