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05.魔王様、その任務は無理です!


「魔王様の御成りにございます!」


 整列した僕たちは、拳を胸の前に当てる敬礼のポーズを取った。

 僕はそこで先の自分の言葉を思い出し、パーカーを脱いで腕にかけ、再度敬礼を取りなおす。

 玉座のある壇にはベールがかかっていて、奥の様子をうかがうことはできない。

 ただ、うっすらと人の影らしきシルエットが浮かび上がる。

 その影がこちらに近づき、頭に生えた角の形まではっきりわかるようになった時、僕たちは全員、自然と頭を垂れていた。


「──楽にせよ」


 威厳のある男の声がして、皆が頭を上げ、敬礼の姿勢を解く。

 影は玉座に腰かける。そして、落ち着いた声でこちらへと語りかけた。


「久方ぶりの招集、よく集まってくれた。皆、変わりないようで嬉しく思うぞ」


「魔王様におかれましても、ご壮健のご様子、何よりでございます」


 ロザリンドがつつましやかに挨拶を返す。

 ベールの向こうの魔王はうなずくと、さっそく本題に入った。


「そなたらに集まってもらったのはほかでもない。実は先日、人間どもに新たな戦力が加わったとの情報を入手してな。その対策について、協議を行いたいのだ」


「新たな戦力……人間どもに……ですか?」


 フェルミーが怪訝に聞き返すと、魔王は「そうだ」と首肯した。


「何でも『勇者』とかいうジョブを授けられた異邦人らしい。その強さは、単騎で竜人の小隊を壊滅させるほどだという。その勇者とやらが、今度は我らの領土に攻め入るとの報せが入ったのだ」


「単騎で竜人の小隊を……!?」


「つまり、俺たちの次の任務は、その勇者の討伐……ということですか」


「承知しました。必ずや勇者の首を取り、魔王様の御前にお持ちいたします!」


 フェルミーが驚き、ディノスがうなずく。ロザリンドは意気揚々と宣言した。

 しかし、魔王はそこで小さく手を上げて彼らを制する。


「早まるな」


「えっ?」


「そなたらは魔王軍の(かなめ)。そのような強者と戦わせて、無駄な手傷を負わせるのは下策と余は考える」


「で、ですが」


 ためらいつつも食い下がるロザリンド。

 魔王は彼女を諫めるように続けて言った。


「余もそなたらが負けるなどとは思っておらん。だが、我らは魔王軍。人間どもの『正々堂々』に付き合ってやる必要などないのだ」


「……と、おっしゃいますと?」


「これを見よ」


 パチンと彼の指が鳴らされる。

 その直後、プロジェクターさながらに、空中に地図の映像が浮かび上がった。


 その地図は、今僕たちが住んでいる中央大陸が描かれており、各勢力の支配区域がわかるよう、三つの色で区分けされていた。

 大まかに説明すると、北は竜人族、西は魔王軍の領土。そして、東は人間たちが統治しており、大陸の右半分を占めている。

 ちなみに、南方の色の塗られていない部分は、どの勢力の手も付けられていない未開の地。また、竜人族の領土は一割ほどで、一番面積が小さい。これは彼らが北の大陸から移ってきて、まだ日が浅いからだ。


「見ての通り、現在は三勢力のうち、人間どもが幅を利かせているように見える。……が、奴らの勢力圏は、実際はこれよりもう少し狭いと余は考えている。勇者には、そこ(・・)をもって当たることにする」


「……どういうことですか?」


 僕はうっかり素の言葉で聞き返してしまう。

 魔王は気にした様子もなく、もう一度指を鳴らした。

 すると、人間の支配地域のうち、国境に面した部分が別の色で染められた。

 

「今、色が変わった部分は、人間の中でも少数部族が住んでいる地域だ。他の大陸からの移民や、王都の民とはルーツが異なる民族がそれぞれ固まって暮らしている。人間ではあるが、ある意味異なる種族といってよい。こやつらを丸ごと魔王軍に取り込み、勇者進行の防波堤とする。それが余の策だ」


「なんと……!」


「そんなことが……可能なのですか!?」


 ディノスとロザリンドが驚愕の声を漏らす。

 魔王はうなずいて、さらに続けた。


「何故ならば、これらの民は都市部の外で暮らすことを強いられている被差別階層だからだ。言い換えれば、何かあった場合に真っ先に切り捨てられる者ども。人間は日頃、平和だの愛だのとほざいているが、実際の差別意識は我々以上に強い。要するに、この村々を魔王軍が襲っても、王都が本腰を入れて救援に来ることはなく、ここに住む者たちには寝返るだけの動機が十分にあるということだ」


「……なるほど、そうか……人間の領土が見た目より狭いというのは、そういう意味か……!」


「ですが、これらの村に強者がいるようにはとても思えませんが。勇者を食い止めるとは、具体的にはどのように……?」


 ディノスが色めき立つ一方で、ロザリンドは再度魔王に尋ねた。


「勇者と呼ばれる異邦人は、出自で人を差別することのない、仁義あふれる若者だと聞いている。いわゆる『お人よし』だな。そこを利用し、寝返った人間たちをそのまま勇者にぶつける。強者である必要はない」


「! ……つまり、同族の情に付け込むのですね……!」


 フェルミーは魔王の答えを聞くと悪辣な笑みに変わった。

 僕も同様に彼の意図を理解する。

 他の皆もわかったようで、その場から小さな感嘆の声が漏れた。


 つまるところ、これは勇者の心を疲弊させるための作戦だ。

 地図を見たところ、魔王軍の領土に攻め入るには、今言った少数民族の村のどれかを通る必要がある。

 だから、そこの村の全部を魔王軍が支配してしまえば、勇者はそこで足止めを食らう。

 ここで重要なのは、足止めをするのが魔族ではなく、人間たちということ。

 村人たちが勇者の進行を妨害する──あまつさえ、敵対して刃を向けた時、勇者は同じ人間である彼らを倒せるのか。

 おそらく、答えは否だ。

 たとえどうにか対処できて、先の領地に歩を進めたとしても、かなりの精神的消耗がのしかかることは間違いない。


(国境沿いで足止めできるなら良し。四天王が勇者と戦うとしても、心をくじいたその時がベストってことか……。「これぞ魔王軍」って感じだなあ……)


「この作戦で重要なのは、いかに人間どもをこちらに取り込むかだ。今言った通り、付け入る余地は十分にあるが、それでもかなりの難題ではあるだろう。とはいえ、こういった(はかりごと)に関し、我らには適役な者が二人もいる。ラテア、フェルミー」


「えっ」


「はっ」


 急に名を呼ばれ、僕は固まった。

 一方、フェルミーは意気揚々と一歩前に踏み出す。


「そなたら二人の力をもって、近隣の村をすべて魔王軍に寝返らせよ。方法は問わん。必要なものがあれば用意させるゆえ、遠慮なく申すがよい」


「えっ……えっと」


「かしこまりました。この死霊術士フェルミー、魔王様のご期待に見事応えてみせましょう!」


 自信満々、ひるむ様子もまったく見せず、フェルミーは魔王の拝命を受け入れる。

 彼女は続けて僕の方を見ると、好戦的な表情で言った。


「これはどっちが多くの村を落とすかの競争になるわね。負けないわよ、ラテア」


「えっ、えぇっ?」


「うむ、その意気だ。楽しみにしているぞ」


 満足げにうなずく魔王。けれど、僕はフェルミーのように歯切れのいい返事をすることはできなかった。


(……いや、ちょっと! フェルミーはともかく、どうして僕が人間の村を落とす流れになってるの!?)


 そんなことを急に振られても困る。

 というか、魔族が人間を味方につけるって、どうしてそれを僕に命じるのか。


(普通に人間どうしだって、寝返らせるなんて簡単じゃないのに……! そもそも、そんな交渉術なんて、僕には──)


 と、そこで周りの魔族たちからの視線に気付く。

 ディノスやロザリンド、衛兵たち。彼らは僕を一様に同じ表情で見ていた。

 「ラテアなら容易にやれるだろう」、そんな信頼の表情で。

 あと、なんだか僕の服装……というか、身体を見られている。 

 そう思って、自分の身体に視線を落とした後、ハッと気づく。


(そっ、そうか。今の僕は、人間の男じゃなくて──)


「サキュバスだから、ってこと……?」


「うむ。その蠱惑的な肢体をもって、村人たちを(とりこ)にするがよかろう。そなたにも期待しているぞ、ラテアよ」


「はっ、はぇっ……」


(……でっ……できるかーっ!!)


 さすがに最後の叫びを口にするわけにもいかず、僕は間の抜けた返事とともに、心の中で声を上げるしかなかったのだった。



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