04.魔王軍四天王、集合です
そんなこんなで、僕のサキュバスとしての生活が始まった。
魔王軍四天王の一人、ラテア・ペンデグラム。それがこの体の──僕のフルネームだそうだ。
高校生としての僕自身の本名は、今後は使えそうになかった。
この世界では聞きなれない名前だろうし、いきなり改名しますというのもさすがに怪しまれるだろうからだ。……男の名前だし。
とはいえ、名前も含めた生前のことに、それほど未練はなかったりする。
僕の家はひとり親で、父は僕には無関心。家にもほぼ寄り付かず、ネグレクト気味だった。
お金には不自由しなかったけど、親戚付き合いもなければ、家族の良い思い出なんかはそれこそない。
僕が通っていた道場の人たちとも、こちらが引け目を感じていたこともあって、それほど深い付き合いはしていなかった。
ただまあ、サキュバスに転生したというのは……さすがに受け入れるには時間が必要で。
(マイネームイズ、ラテア・ペンデグラム。わーい、ふざけんな)
心の中で悪態をついて、ヤケクソ気味になっていることに気付く。いかん。ちょっと気持ちを切り替えないと。
ラテアのフルネームのみならず、魔王軍の組織体系や周辺諸国の勢力図など、この世界のさまざまな知識をマリーは教えてくれた。
彼女の説明によると、魔王軍が戦っているのは人間の国だけじゃない。最近では、竜人族という竜の力を持つ亜人が台頭してきて、三つ巴の抗争を繰り広げているという。
「ふーん……てことは、アレかな。そういうのって、竜っていっても人型タイプの方が強かったりするんでしょ。でかい竜の方が、むしろ下級戦士とかでさ」
「……よくおわかりになりますね」
冗談でそんなことを言ったら、本当に当たっていて絶句してしまった。
なお、マリーの種族であるゴーレムソウルだけど、これは正確には種族名ではないとのこと。
彼女はその名の通り、ゴーレムを生成する際にその中に生まれる魂で、わざわざその魂を外殻から抜き取って従者にしたのだという(ゴーレムの体は大きすぎて、僕の部屋に入りきらないらしい)。
「ラテア様が早く魔王軍になじまれるよう、お傍についてサポートさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、うん、こちらこそ」
基本的には悪い人ではないのだと思った。
質問にはきちんと答えてくれるし、僕が快適に過ごせるよう、色々と配慮もしてくれる。
(……でも、根本的に魔族と人間とで、方向性が相いれないことだけは、何とかしてほしいけど)
そして、ラテアの身体になってから五日目。僕にとって試練の時がやって来る。
ここ数日は自室で気楽に過ごしていたのだけど、その日は魔王軍四天王が一同に会する日。
というか、招集がかけられており、四人そろって魔王に謁見する日となっていた。
僕以外の四天王については、一応マリーが前もって各人の情報を教えてくれた。
特におかしなメンバーがいるわけでもないし、四人の仲も悪くないらしい。
ただ、重大な問題が一つある。
それは、僕が彼らの前に出るときの格好だ。
転生直後にラテアが着用していたボンデージ風の衣装。実を言うと、あれを四天王たちの前でも着けていないといけないのだ。
というか、これから外出する時は、基本的にあの格好でないとダメだったりする。
何故なら、この肉体──ラテアの身体は、サキュバスのくせに魅了の力があまり強くないらしくて、基本的にいくつもの魔道具で力を底上げしていた。
ボンデージ衣装もその一つで、他の服装だと普通の人間を操るのにもかなり苦労するらしい。
別に仲間の魔族まで魅了する必要はないけど、それでも感知能力が強い上位魔族には怪しまれる恐れがあるそうなのだ。
自室にいるときは普通の部屋着を用意してもらって、それを着ていたんだけど……上記のこともあって、外出時にはあのきわどい衣装を着なければならないのだった。
僕、男なのに。
そして、謁見の日。僕はマリーに留守を頼み、魔王城の中央塔に向かう。
そこの最上階で魔王様は暮らしているらしい。
謁見の間は一階。すでに他の三人は僕より早く到着していた。
「──お、ようやく来たね、ラテア」
「遅いわよ。あんたが一番中央塔に近いところで暮らしてるっていうのに」
「四人がこうして顔を合わせるのも……久しぶりだな」
(……おお……。なんか、威圧感……)
さすが四天王というところだろうか。ただ三人が立っているだけなのに、場の空気がひりつくようだった。
彼らの姿は三者それぞれ。中には年若い少女のような外見の魔族もいる。
だけど、いずれも魔王軍歴戦の勇士。彼らから発せられるオーラは、強者としての格を感じさせた。
「──皆、最近調子はどうなんだい? ここんところ竜人どもが勢力を拡大してきてるらしいじゃないか。あたしたち魔王軍四天王も、うかうかしてられないね」
挨拶代わりに全員へそう問いかけたのは、魔獣将軍ロザリンド。
彼女は魔獣の下半身を持つ女性戦士。魔王軍魔獣戦士団の総隊長だ。
腰から下は獣の四つ足。上半身はショートヘアーで褐色肌の、二十代くらいのお姉さん。露出度の高いビキニアーマーの下には、男性顔負けの力強い腹筋が顔をのぞかせている。
「……問題ない。竜ならば先月、五十は討伐した。我らの領土に侵入する者は、すべてこの剣で切り伏せてくれる」
そう答えたのは、暗黒騎士ディノス。こちらはその名の通り、漆黒の全身甲冑をまとった長身の魔族の騎士だ。
フルフェイスの兜で中の素顔を見ることはできないが、声は低い男性のもの。
マリーによると、人間の男性とあまり変わりない容姿をしているのだという。
「ディノスったら、相変わらずね。でも、私だって負けてないわよ。この前だって一族秘蔵のスケルトンの封印を解いて、手持ちの戦力が倍になったんだから」
そして、最後は死霊術士フェルミー。金髪碧眼の彼女は、死体を操るネクロマンサーらしい。
一見、黒のローブを着ただけの普通の少女に見えるけど、彼女の魔力量は魔王軍随一とのことだ。
「……ところで」
と、フェルミーが僕の方を向く。
「ラテア……あんた、その恰好、何なの? 魔王様に拝謁するっていうのに、ふざけてんの?」
彼女は眉を寄せながら、僕を見て言った。
「えっ? あ、えっと」
他の二人も、怪訝そうにこちらを見る。
返答に窮しながらも、もっともだと僕自身思っていた。
というのも、今の僕は、セクシーなサキュバスの衣装の上に、オーバーサイズのパーカーを羽織っていたからだ。
実のところ、先のボンデージ衣装だけで魔王城を闊歩するのはさすがに耐えられなかった。
だから、少しでも露出を減らすため、部屋にあったこのパーカーを上着代わりにさせてもらったのだ。
……だって、本当に恥ずかしいんだから。
このピンク色のパーカーも、ファンシーなケモミミフードがついていて僕の趣味じゃないけど、せめてこうやって何か羽織らないと人前でうまく話せる気がしない。
「ま、魔王様が来られたら上は脱ぐから、大目に見てくれないかな。ぼ、僕、ちょっと風邪気味で」
「風邪ぇ? ……っていうか、『僕』って何よ」
「え、あ、いや」
「そうだねぇ。なんだかいつもと感じが違うけど……キャラ変でもしたのかい? ラテア」
「あ、その……う、うん、そう! ちょっとね! キャラ変っていうか、ボーイッシュな感じが、最近の気分かなって」
ロザリンドの言葉に、とっさにうなずく。
ちょうどいいから、そういうことにしてしまおう。
(……でも、そうか。今までのラテアが、どんな感じなのか聞きそびれてたな……。まあ、キャラ変ってことで通せば大丈夫……かな?)
「風邪は……大丈夫なのか、ラテア」
ディノスが心なしか心配そうにのぞき込む。
僕はうなずいて笑みで返した。
「うん、ありがとう。この装備、結構肌寒いからね。温かくしてれば問題ないよ」
「……そうか」
しかし、ディノスはそう言った後、そのまま動きを止める。
甲冑越しでよくわからないけれど、じっと見られているような。彼は僕に向かい合ったまま、身体の向きを変えようとしなかった。
「……どうかしたの、ディノス?」
僕は首を傾け、ディノスの方を見る。
すると、彼は遠慮がちに僕へと言った。
「……い、いや、露出度は減っているのに、妙に艶っぽい気がしてな……。いつもの背筋が伸びたお前も凜々しくて良かったが、今日はなんというか……可愛らしいというか……」
「えっ」
ディノスは自分で言った後、はっと我に返って声をうわずらせる。
「いや、す、すまん。今のはセクハラだな。わ、忘れてくれ!」
「え、えっと、その」
そこでロザリンドが、ふんふんとうなずき同意する。
「言われてみれば、前より良さげな感じだねぇ。女の子らしさがアップしたっていうか……。何があったか知らないけど、サキュバスとしての魅力値が上がったんじゃないのかい、ラテア?」
「お、女の子らしさがアップ!?」
それ、褒めてるの!? いや、サキュバス的には褒められてるんだろうけど……そんなこと言われても、全然嬉しくないんですけど!?
「……恥じらいね」
今度はフェルミーがぽつりとつぶやく。
「多分、恥じらいが加わったからじゃないかしら。そうやって股を閉じて手で押さえて、恥ずかしがってる仕草……いかにもぶりっ子してるって感じだけど、ま、男受けはいいんじゃない?」
「ぶりっ子っ!?」
い、今の言葉がこれまでで一番ダメージを受けた……。
あんまりな言い様に、がくりと膝から崩れ落ちてしまう。
股に手を添えてるのだって、少しでも肌が隠れるようにしてるだけなのに。
と、その時だった。
「魔王様の御成りにございます!」
隅で控えていた魔族の衛兵が声を張り上げる。
僕たち四人はそれと同時に、背筋を伸ばして横一列に整列した。
今までの緩んだ空気が一変、その場の誰もが唇を真一文字に結び、緊張した面持ちとなって。
──すなわち、我らが首魁、魔王様の登場なのだった。