表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/37

36.本当の強さとは(◆三人称)


 ラテアが最後の投げを決めた後、しばらくの間、静寂が辺りを包み込んだ。

 予想外の結末。サキュバスの少女が竜人を倒すなど、誰が予想できただろうか。

 その静寂の中で、最初に言葉を発したのは、決闘の当事者たるゴズマ。 

 彼はどこか吹っ切れた様子でラテアに言った。


「……殺すがいい」

 

 武器も持たない者に、しかも体躯に劣る少女に、何度もいいように投げられ、組み伏せられたのだ。これ以上の完敗はない。


「お断りします」


 だが、ラテアは手刀を彼の首元から離し、そのまま立ち上がってしまった。


「なんだと……俺をなめているのか?」


 困惑と怒りを含んだ問いに、しかしラテアはまっすぐに答える。


「違います。あなたが惜しいからです」


「……惜しい、だと?」


「強い人と戦うことに価値を見出しているのは、あなただけではありません。僕もなんです。強いあなたを、たった一回の決闘で失うことは、あまりに惜しいと思うから」


「馬鹿な。貴様のような小娘が強者を求めるというのか。そんな出まかせを──」


「やっぱりこの容姿だと、似合いませんよね」


 と、ラテアは明るい笑顔で言った。さっきまでの緊張感が嘘のように。

 彼女は臆することなく続ける。


「僕の夢は、最強になることなんです。そのために、色んな人とお互いを高め合っていくことは、大事なことだと思っています。……だから、支配することも、ましてや殺すことも、僕の望みではないんです」


「……支配することも……」


 どこか呆然とした様子のゴズマ。彼はラテアの言葉を繰り返し、そして彼女に問うた。


「つまり……負けた我らを征服する気はないと、そう言うのか」


「ええ」


「……」


 とはいえ、それも本音だったが、ゴズマを殺さない理由はそれだけではなかった。

 ラテアは殺さなかったのではない。

 殺せなかったのだ。


 まず、竜人の体力と防御力からすれば、どれだけラテアが頑張っても、致命傷を負わせることは困難だった。

 彼らの力はすべてにおいて人を──魔族をも上回る。それは、ゴズマを組み伏せたこの瞬間も変わらない。

 そこで戦闘前、ラテアは勝利条件を「倒すこと」ではなく、「負けを認めさせること」に切り替えた。

 手傷を負わせるのではなく、負けたと思わせることで相手に敗北を認めさせる──それこそが、彼女にとって可能な、唯一の勝利方法だったのだ。


 そして、殺すべきでないもう一つの理由。

 それは、竜人たちとこれ以上争わないためだ。

 たとえゴズマを殺せたとしても、血気盛んな竜人たちは、きっと怒りに任せて報復戦を仕掛けてくるだろう。決闘の結果などお構いなしに。

 だが、指揮官であるゴズマは、おそらく部下たちを抑える力とカリスマ性を持っている。

 そんなゴズマを生かしたまま、彼に負けを認めさせることは、勝利の不可欠な前提条件なのだった。


 ゴズマは少しだけ考えるように目を閉じる。

 そして、憂いを捨て去るかのように、晴れやかな笑い声を響かせた。


「ふっ……ははははは! いやあ、負けだ負けだ! あまりに見事で笑うしかないわ!」


 無論、手段を選ばないような戦い──それこそ『殺し合い』となれば、自分が負けないであろうことはゴズマも理解していた。

 だが、ラテアは圧倒的不利と思えるこの状況で、完璧に自分を制してみせたのだ。

 たとえ手傷を負わせられなくとも、彼女の勝利、そして強さは、疑いようがないことだった。


「皆の者、勝敗は決した! 取り決めに従い、我々は魔王軍領から手を引く! これ以上の手出しは無用である! 繰り返す、魔王軍に手出しは無用である!」


 ゴズマは体を起こし、立ち上がる。そして、よく通る声で部下たちに命令を下した。

 そんな彼を、ホッとした様子でラテアは見上げる。

 ゴズマは今度は穏やかな声で彼女に問いかけた。

 

「たった一回の決闘で、この俺を失うのは惜しいと言ったな。ならば、俺とまた立ち会うことも、やぶさかではないということか?」


「殺し合いは困ります。でも……もし、あなたさえよければ、友達になりませんか。ライバルとか、そういう意味での関係なら……僕は大歓迎です」


「……ふ」


 ゴズマは決して虐殺者ではない。そのことは、先日の港町の一件からもわかっていた。

 だからこそ、ラテアはこの戦法に活路を見出したのだが、さらにもう一つ、大きな理由があった。

 それは、皆が平和に──つまるところ彼女は、やはり人を傷つけることを望んではいなかった。

 戦う前も、戦っている時も、ラテアはそのことをずっと考えていた。

 強さを望んでいるのに誰も傷つけたくないという自己矛盾。ラテアの申し出は、軟弱者の戯言かもしれない。

 しかし、覚悟と強さに裏打ちされた彼女の言葉と行動は、確かに竜人の心を動かし、戦争を回避するという偉業を成し遂げさせていた。


「……本当に面白い奴だな、貴様は」


 ゴズマはラテアに手を差し伸べる。

 ラテアは微笑んで彼の手を取り、握手を交わした。

 傾きかけた太陽が、二人の横顔を際立たせる。

 その光景を目にして、人間の勇者コウセイは、先の道場での会話を思い出していた。

 

 あの時──道場主であるディノスの師匠、ナナミは、強い者とは友達が多い者のことだと言っていた。

 皆に認められていることが強さの証しなのだと。

 あの時はナナミの言葉に半信半疑だったが、今ならわかる。

 敵すら傷つけることなく制して認めさせ、友達になってしまったラテア。

 彼女こそ、まさにナナミの言う強さを体現しているのではないか。


 ラテアに敵はいない。彼女にとって強敵は敵でなく、友達なのだから。

 つまりは、無敵。

 一番強いということは──本当の強さとは、これなのだ。

 そのことに気付いた時、彼は両の瞳から、自然と熱い涙をあふれさせていた。


「ああ……すごいな……」


 隣のディノスがコウセイの涙に気付くが、揶揄することなくディノスもうなずいた。

 彼も同じ気持ちだったからだ。

 今、自分たちはきっと、誇るべき瞬間に立ち会っている。

 敵とすら融和してしまえるラテア。

 一見、愛らしい少女にしか見えない彼女は、こんなにも気高く、そして強い女性なのだと。

 

 夕陽を背にして、ラテアが魔王軍の仲間たちへと振り返る。

 その笑顔は、どんな宝石よりも美しく輝いて見えたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ