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34.戦う決意


「一対一の……決闘……?」


 予想していなかった提案に、僕は思わずその言葉を繰り返した。

 そんなことをするメリットは、向こう側にはない。

 個別の兵士の戦闘力は竜人の方が上。だから、彼らが数で攻めれば、そのまま勝ってしまえるだろう。

 なのに、あえて代表者を選んで、決闘を求めるのは何故か。

 勝つ自信があるだけでなく、それこそが竜人族の流儀──彼らの行動指針だからに違いない。


(『すべて強者に従うべし』か……)


 ある意味、それはこちら側にとって、願ってもない申し出といえた。

 こちらの代表者が向こうの竜人、ゴズマに勝利する。それは、全面戦争になるよりは、よほど勝つ確率が高いといえる。

 たとえ決闘だとしても、その場合、剣と剣の真っ向勝負をする必要はないのだ。

 何か上手い策でもあれば、勝ちを拾うことは可能ではないのか。


 ……ただ、問題は誰をその代表に据えるかだった。

 上空の竜が城の中庭に次々と降下し、竜人たちはゴズマの後ろで待機状態を取る。

 魔王軍も続々と兵たちが集い、魔王様と四天王を中心として、竜の軍勢に向かい合った。

 僕は振り返り、自分の後ろを見る。

 背後の壁面の傍らでは、ディノスとコウセイさんが倒れ、まだ立ち上がれないでいた。

 彼ら二人がかりでも倒せず、返り討ちにあったゴズマの強さ。

 果たして勝てる者が、この中にいるのだろうか。


(ロザリンドの戦闘力は、ディノスよりも少し劣る……。魔王様は養生してるとはいえ、まだ戦える状態じゃないだろう。フェルミーは自分で戦うタイプじゃないし、呪文詠唱のタイムラグを考えると、おそらく相性が悪い……)


「どうした。受けるか否か、早く返事を聞かせてくれ。まさかとは思うが……臆病者ばかりで戦う者がいない、などということはあるまいな?」


 その挑発に、ロザリンドが怒りの眼光を向ける。

 彼女は腰の剣に手をかけ、四足獣の後ろ脚に力を込める。しかし、隣の魔王様がそれを制した。


「待て、ここは余が奴の相手をする」


「いけません。何のために魔王代理がいるとお思いですか。私が戦います!」


「いや、駄目だ。そなたはシャルロットの母となるべき女性。あの子に母親が死ぬさまなど見せたくない。……身勝手な王と言われても構わん。どうか行かないでくれ」


「そんな……それなら、あなただって……!」


 ロザリンドと魔王様は互いに譲らない。

 ディノスとコウセイさんは地面に突っ伏しながら、なんとか立ち上がろうともがいていた。

 フェルミーも強く杖を握り締め、いつでも戦えるよう敵から目を離さない。

 そんな彼らを見て、僕は強く思った。

 ……この人たちを、誰一人死なせたくない。傷つけたくないと。


(なんだろう……奇妙な感じだ。死ぬかもしれない状況なのに、怖くない。それよりももっと大きな感情が、恐怖を抑え込んでいるみたいだ……)


 どうしてこんなに落ち着いていられるのか、自分でもわからなかった。

 これは走馬灯というやつなのだろうか。今までの記憶が、頭の中を駆け抜けていく。


 ──勝手に魂を入れられて、無理矢理サキュバスにさせられてしまった、僕の第二の人生。

 それでも、出会う人たちはみんないい人ばかりだった。

 女の子の身体なのは想定外だったけど、その毎日はとても楽しく、充実したもので。

 それを与えてくれたのは、目の前のこの人たちなのだ。

 僕の魂が人間だと知った後も、少しも態度を変えることはない、とても優しい人たち。


(だから、僕も……僕の大切な人たちを……死なせたくない……!)


 その時、勇気の炎が心の中で大きく燃え盛った。

 戦いへの恐れが無いと言ったら嘘になる。

 でも、皆を守りたいと強く願った時、僕は自然とその一歩を、強く前へと踏み出していた。


「……ラテア?」


 フェルミーが呼びかける。彼女に答えず、僕は進み出てゴズマに向かい合った。

 竜人の頭目は、怪訝な様子でこちらを見下ろす。

 それに応えるように僕は言った。


「その決闘、僕が受けます」


「……ほう?」


「なっ、何言ってんのよ、ラテア!」


「待て、どういうつもりだラテアよ。このような戦いは、そなたの領分ではあるまい!」


「そうだよ、ここはあたしに任せて……! あんたはシャルロット様たちと避難を!」


「ら、ラテア……やめるんだっ……!」


「小娘よ。お仲間たちはああ言っているが、貴様、俺に勝つ算段でもあるのか?」


 皆が口々に僕を止めようとする。一方、ゴズマは僕に問う。

 彼は意外そうな様子ではあったけど、こちらを侮ったり嘲笑ったりはしなかった。

 さすがだと思った。女子供でも一片の油断もない。だからこそ、彼は強者たりえているのだろう。


 僕は強くうなずく。目の前のこの男に勝つ自信はある。その意思を、仲間たちに示すために。

 ゴズマは笑い、「よかろう」と答える。

 フェルミーが駆け寄り、僕に詰め寄って言った。


「あんた、一体何考えてんのよ!? ディノスでも勝てなかったのに、あんたに勝てるわけないでしょう!? ……ま、まさか、自分を犠牲にして、時間稼ぎなんてことを──」


「違うよ」


 僕は彼女の肩に手を置いて、顔を近づけ、そっと耳打ちした。


「確かに時間稼ぎは必要だね。万が一、僕が負けた時、城下が戦場になったら非戦闘員に多くの死者が出る。フェルミー、通信魔術でこっそり皆に避難を促せないかな」


「あ、あんた、そのために戦うなんて──」


「だから違うって。勝つ自信はあるんだ。でも、もしもの時の手は打っておきたい。避難誘導の方、頼むよ、フェルミー」


「ほ……本当に、あいつを倒す自信、あるの……?」


「『倒す』自信はないかな。でも、『勝つ方法』ならあるんだ」


「……え、ど、どういうこと?」


 僕は答えず、今度は敵に背を向け魔王様たちのもとへ歩く。

 魔王様は少し戸惑った表情で、けれど、緊迫した様子で僕に問いかけた。

 

「……勝てるのか」


「勝てます。だから……お願いします。この場は僕に任せてもらえませんか」


「無理だよラテア! あんたが無駄に死ぬ必要はない! ここは下がるんだ!」


「大丈夫だよ、ロザリンド。僕だって魔王軍四天王なんだよ? もっと僕のこと、信用してほしいな」


「でも……!」


「……もしや、『魅了の力』か……?」


 魔王様が問う。その力で竜人を操るつもりなのかと。

 僕は答えなかった。誰かを操るほどの魅了は、やはり僕には使えない。

 もっと研鑽を積めばわからないけど、少なくとも今の時点で、誰かを意のままにすることは難しいように思われた。


 それでも、(すべ)はある。これまでの経験で、鍛錬で、僕は培ってきたそれらをもって戦うつもりだった。

 そして、もう一つ。

 この敵に対しては、僕の意図した勝ち方(・・・・・・・・・)で勝利しなければ意味がない。


(戦いを好む戦闘種族、それが竜人……。なら、敵の大将を殺せたとしても、戦争を避けられるとは思えない)


 皆を死なせないためには、ただ勝つ以上のことが求められる。

 そのためには、むしろゴズマを死なせてはいけない。

 殺さずに相手を制する──そんな勝ち方が求められるはずだ。


(今、そのことに気付いて、しかもこの場でそれができるのは、多分、僕しかいない……)


 やれるのか? と、心の中の恐怖心が僕に問う。

 正直、どうなるかはわからなかった。

 死ぬかもしれない。

 でも……言えることが一つだけある。


 それは、僕が戦うのは──皆のためだということ。

 皆がいるからこそ、戦える。


 振り返り、ゴズマに向かい合う。

 僕は声高らかに名乗りを上げた。


「僕は魔王軍四天王、サキュバスのラテア。──いざ尋常に、勝負願います」



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