33.竜人ゴズマ
僕たちが塔の外に出た時、最初に目に飛び込んできたのは、おびただしい数の飛竜の軍団だった。
バサバサという大きな羽音とともに、空から何匹もの竜が塔に向かって来る。
それらの竜の上には、竜人と思しき兵士がそれぞれ一人ずつ。
各々防具を身にまとい、武器を携え、どれも臨戦態勢の状態だった。
「な……なんて数なの……」
「……っ。厳しいね、ちょっとこれは……」
「……奴らの動きが、これほどまでに早いとはな……」
フェルミーは飛竜の数に圧倒され、ロザリンドも冷や汗をかく。
魔王様は上空を見上げ、口惜しそうに歯噛みした。
魔王様の言う通り、準備もできずに竜人たちに先んじられたことは、こちらにとって致命的だった。
しかも、問題はそれだけじゃない。
(人型の竜人族は、確か竜よりも強いんだったはず……。普通の竜でさえヤバいのに、人型もそれと同じだけの数……! これ……勝てるんだろうか……?)
竜たちはある程度接近すると、一定距離を取ってホバリングする。
しかし、先頭を飛行していた竜のうち、大きめの竜が二体、速度を緩めることなくこちらへと滑空してきた。
交渉や宣戦布告すらない、出し抜けの先制攻撃。
瞬間、これはまずい、と思う。
けれど、それに応じて地表からも二つの影が飛び出した。
「──ディノス! コウセイさん!」
「おおおおおおっ!」
「そう簡単に、やらせるかっ!」
両者は白と黒の魔力を剣から放出し、迫る二体の飛竜をそれぞれ一刀両断に切り捨てる。
乗っていた竜人の戦士たちは、姿こそ形を留めていたものの、エネルギー波を直に食らい、自由落下で地面に叩きつけられた。
──ガシャンッ、ドシャアッ!
一方、ディノスたちは危なげない様子で着地する。
ディノスは前を見ながらも、隣のコウセイさんに声を上げた。
「人間、なんでお前まで出てきた!」
それに対し、剣を構えたまま答えるコウセイさん。
「さっき言っただろうが! 俺はここの人たちにも傷ついて欲しくないって! ラテアだっている! それを守るのは当たり前のことだ!」
その返答にディノスはフッと微笑むと、彼と対になるよう構えを取った。
「珍しく気が合うな。なら、このまま二人で殲滅するぞ!」
「おお!」
続いて、上空の一番大きな竜から、一人の竜人が飛び降りてくる。
コウセイさんたちはその竜人を叩くため、同時に跳躍して斬りかかった。
竜人は背負った大剣を抜刀し、落下しながら迎撃の体勢に。今度は攻め手が逆になる。
白と黒の同時強襲。しかし、その男は身の丈以上の大剣を振りかぶり、たった一振りでディノスとコウセイさんの攻撃を薙ぎ払ってしまった。
ギィン──ドゴゴォッッ!
剣がぶつかる金属音の後、二人は一直線に吹っ飛ばされ、塔の壁に激突してしまう。
「──がっ!」
「ぐっ……!」
壁が崩れ、土煙が舞う。
ダイレクトで壁に叩きつけられたコウセイさんたちは、何度か塔の出っ張りに当たりながら落下。最後は地表の瓦礫の上に落ち、起き上がれない。
大剣の竜人の男は着地すると、「やるではないか」と、二人に向かって口角を上げた。
「驚いたぞ。俺の剣を受けて、体が両断されんとはな。惰弱な種族の者どもでも、それなりの戦士はいるものよな」
豪快に笑って言ったその竜人、よく見れば彼は、先日港町にいたゴズマという男だった。
短い赤髪にあご髭を生やし、今日は軽装ながら鎧をまとっている。
いかにも歴戦の勇士という感じの風貌。
彼はディノスたちにやられた二人の竜人族を見ると、「おぉ、忘れておったわ」と言い、上空の部下に命令した。
「誰か! この不心得者どもを片付けておけ!」
それを受けて、部下の竜人が同族の二人を回収する。
ゴズマは「悪かったな。我らは皆、こういう気質なのだが、それでも戦の礼儀は守らねばな」とこちらに言った。
「まずは、名乗りも上げず斬りかかった部下の非礼を詫びよう。俺の名はゴズマ。竜人族先遣隊の総指揮官だ」
先遣隊。その呼び方からすれば、別に本隊がいることになる。
竜人族はここより北にある大陸から、海を渡って来たと聞いていた。
つまり、この中央大陸にいる者のほか、まだ北の大陸には多数の竜人族が控えているということか。
「そちらの流儀は知らんが、我らの掟はただ一つ、『すべて強者に従うべし』だ。それに則り、今日は強者として貴様らを征服しに、ここにやって来た次第である」
「──!」
それは堂々たる宣戦布告の挨拶だった。
見た目に違わぬ豪胆さ。大胆不敵、単純明快ながら、実力は本物。
力でこちらを支配するという宣言に、僕たちは大きく戦慄する。
「無論、抵抗は行ってくれて構わんぞ。全力をもって戦ってこそ、力の差がわかるというものだからな。──ただ、勝敗を決する方法について、こちらから一つ提案がある。聞いてもらえるか」
「て、提案……?」
そのまま襲ってくるかと思いきや、彼は僕たちにそんな言葉を投げかける。
妙なことを言うものだと思った。
自身の強さと、後ろの大軍をもってすれば、おそらく容易にこちらを制圧できるだろうに。
けれど、彼はそうしないで、わざわざ勝負のルールを決めたいという。
どういうことなのか。
竜人ゴズマはどこか楽しそうに言った。
その提案は、驚きではあったけど、彼らの気質からすればなるほどと思えるもの。
そして、実はそれこそが、僕たち魔王軍を救う唯一の望みにもなるもので──
「我ら竜人族は、強者との闘いを求める戦人。この俺と、そちらの中から選出された一名とで、一対一の決闘を所望する。その闘いに勝った方が、負けた者たちを支配するのだ」