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32.急襲


 ゴズマと呼ばれたその男は、首から下が赤銅色の(うろこ)の皮膚をしていた。

 首元だけでなく、手や腕などの素肌が出ている部分、あるいは水に透けた服の下の部分で、人間とは違うことが判別できる。

 自らでそう言ったように、彼は竜人であるらしい。

 けれど、やっかいな海の魔獣を討伐したということで、おそるおそるながらも、港町の人たちは彼を受け入れているようだった。

 一方、僕たちは少し緊張しながら、その様子をうかがう。


(あれが、竜人族……。僕たち魔王軍が、いずれ戦うべき相手……)


 以前、ディノスは竜を数十体討伐したと言っていたし、コウセイさんも竜人の小隊を壊滅させたと聞いていた。

 けど、振り返って二人の顔を見ると……どちらもうっすらと冷や汗を流していて。


「なあ、人間。勝てると思うか、あいつに……」


「……わからない。けど、間違いなくあの男は、竜人の中でも猛者の(たぐい)だろうな……」


 そうして僕たちは、一抹の不安を抱えながら帰路に就く。

 定食はおいしかったけど、その後のことで和やかな雰囲気がどこかに吹っ飛んでしまったようだった。

 

(……ただ、あの竜人、町の人たちに危害を与えていたわけでもないし……。そう気にするほどでもないのかな……?)


 けれど、その二週間後、竜人族の件で、コウセイさんが魔王様に面会を求めにやって来る。




「えーと……どういうことなんですか……?」


「真面目な話なんだ。人間の勇者ってことで俺を信用できないかもしれないけど……悪いようにはしないから、取り次いでもらえないかな」


 コウセイさんはそう言って、まずは僕に魔王様への取り次ぎを頼んでくる。

 もちろん、僕は全然構わないのだけど、魔王様がどう出るか。

 一応確認を取ってみると、会ってみようということで、彼は魔王城の謁見の間に通された。


 そして、四天王も同席する中、玉座に座った魔王様に向かい合ってコウセイさんは言う。

 

「結論から言います。俺のいた国……人間の国は、竜人族の侵攻によって壊滅状態に陥りました。近いうち、奴らはあなたがたの国に攻め入ってくるでしょう。そのことを少しでも早く伝えるために、今日はここに来たんです」


「え……!?」


「壊滅だと……それはまことのことか」


 僕は思わず声を漏らす。

 魔王様が問うと、コウセイさんはうなずいた。

 コウセイさんは人間の国に無理矢理召喚されたことが分かって以降、すでに同国の王族たちとは(たもと)を分かっていた。

 とはいえ、人間すべてを信用できなくなったわけではないので、城下町の人たちとは交流を続けていたらしい。

 最近は王都から離れていたそうだけど、今回、城下の人たちのツテもあって、いち早く情報を知ることができたという。

 そして、侵攻で壊滅したのは、主に王族たちが住まう宮殿など。

 彼を召喚した魔方陣も、その襲撃で破壊されたとのことだった。


「あなたがたの国……魔王軍には、俺の親しい人や、お世話になっている人もいます。人間とか魔族とか、そんなことに関係なく、俺はここにいる人たちにも傷ついて欲しくない。俺のこの情報を少しでも役立ててもらえれば、それに越したことはないと思っています」


 彼が信用に値する人だということは、魔王様にも伝えてあった。

 それもあってか、魔王様は迷う素振りもなく「うむ」と首肯する。


「あいわかった。人間の勇者よ、感謝するぞ。それで……奴らの戦力や戦い方など、何か使えそうな情報はないのか。可能な限り知っておきたいのだが」


「もちろんです。話を聞いていただけるなら、お伝えしようと思っていました」


 コウセイさんはホッとした様子で、さっそく見聞きした内容を話し始める。


「まず、奴らは飼い慣らしている竜に騎乗して、空からやって来ます。先頭は総指揮官であるゴズマという竜人の男。そいつは身の丈以上の大剣を武器にして──」


 その時だった。

 僕たちが会談中であるにもかかわらず、ロザリンド配下の兵士が謁見の間に駆け込んでくる。

 当然その兵士も、それが無礼であることはわかっている。

 つまり、礼節を差し置いても伝えなければならないことがあるということ。

 兵士は息を切らせ、声を上げる。

 その内容は、ある程度予想していたとはいえ、あまりに急すぎるもので。


「申し上げます! 北東より、竜騎兵の軍団が襲来! りゅっ──竜人族の龍撃です!」


 ──そう、僕たち魔王軍は、迎撃準備の暇すらなく、戦いに突入することになったのだった。



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