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31.『サキュバスのおもちゃ箱』


 そんな感じで、幾日かの日々は過ぎてゆく。

 ディノスたちと稽古したり、ロザリンドの仕事を手伝ったり、僕の領地である国境沿いの村々を見回ったり。

 それから最近は、サキュバスの力を高めるための訓練も、稽古と並行して行うようになっていた。

 先の騒動で魔王様にかけたような精神に作用する魔力。あの力をより強く、もっと色々な場面で使えるようにするためだ。


 ただ、僕本来の力はいわゆる『魅了』のそれではなく、実を言うとまったく別の性質のものということが後日明らかになる。

 その力の性質とは、なんと『異空間』の能力。

 こことは異なる別の空間を作り出す力が、僕のサキュバスとしての力であるらしい。


「え……それって、自分で言うのもなんだけど……かなりすごくない?」


「確かに、あまりない力だと思います。でも、今のラテアさんのレベルだと……まだ、できることはあまりなさそうで……ご、ごめんなさいっ」


 おずおずと謝りながら(別に謝る必要なんてないんだけど)教えてくれたのは、魔王様の娘であるシャルロット様。

 実は、シャルロット様は解析能力に優れていて、僕の力の詳細を一目見ただけで判別してしまった。

 以前、魔王様に魔力をかけた時、僕の手の先にゆらぎが生じていた。そのゆらぎこそが異空間の入り口で、異空間の中には、僕のサキュバスの魔力が瘴気のように充満しているのだという。


「いっぱい練習すれば、異空間に色んなものを入れたり、瘴気をたくさん外に出したりできると思うんですけど……。できるようになるまで、多分、すごく……時間がかかると思います」


 シャルロット様の言う通り、現在の僕のレベルで異空間に入れられるのは、僕自身の体と身近な所有物……具体的には、自分の衣服だけだった。

 精神に作用する効果を持つ瘴気も、せいぜい魔王様にしたように、ちょっと気分を高揚させるくらいのものしか出せないようだ。


「あ、あの、それで……もう一つ……いいですか?」


「はい、何でしょう?」


 そして、話の終わりに、シャルロット様は僕の服の裾をつまんで引き留め、ためらいがちに言う。


「こ、この力の、名前なんですけど……その……『サキュバスのおもちゃ箱』、なんてどうでしょうか……」


「…………いいですね! 可愛くて、センスがあると思います!」


 なるほど能力に名前を付けることは、まったく考えていなかった。

 シャルロット様はそれについても気になっていたらしく、そんな能力名を僕に提案してくれる。

 とはいえ、ちょっと可愛らしすぎるかなあ、なんて思いつつ、彼女の提案を拒むわけにもいかなくて。

 ネーミングにさほどこだわりがなかったこともあり、僕はその命名を素直に受け入れることにした。


「『サキュバスのおもちゃ箱』か……。いかにもシャルロット様らしくて、いいんじゃないか」


「ね。僕もなんだか嬉しくってさ。それでいくことにしたんだよ」


「それにしても、『異空間』の能力とはなぁ……。なんかラノベの主人公っぽいというか……ちょっとうらやましいな、その力」


 僕はディノスの使い魔である鷹の魔獣に乗りながら、ディノスとコウセイさんの三人で、そんな会話に興じていた。


 この日は午前中に稽古も終わり、ナナミさんの道場を発って、三人で人間の国の港町に向かっているところだった。

 魔王軍領の国境に近く、竜人族の居住地にも面している北の港町。

 三人でその町の料理屋に、ランチを食べに行くためだ。

 

 特に評判のお店があるというわけじゃない。

 港町の料理屋だったら、正直どこでも良かったりする。

 お目当て……というか目的は、漁港でもあるその町で、新鮮な魚の定食を食べることにあるのだ。


「前に漫画で見たんだけどね、漁師さんたちが獲れたての魚をフライにして、揚げたてを食べるっていうのがね、すごくおいしそうだったんだよ。だから、それを一度やってみたくて……コウセイさんもディノスも、付き合ってくれて今日はありがとう」


「いや、それはいいんだけど……ラテア、君って案外渋い趣味してるんだな。もっと可愛いスイーツ的な、いかにも女の子っぽいのを好むかと思ってたよ」


(……女の子だって、普通に定食くらいは食べるんじゃないかなあ。まあ、僕は男なんだけど……)


 コウセイさんの言葉にそんなことを思うけれど、口には出さず愛想笑いでごまかす。


「……マンガって、何だ……?」


 一方、ディノスは日本の文化を知らないので、その単語に首をかしげていた。





「はーっ、おいしかった! お腹いっぱい! ごちそうさまでした!」


 港町の定食屋にて。

 パンorご飯おかわりし放題のミックスフライ定食を完食した僕たちは、食後のお茶を飲みながら、心地よい満腹感に身をゆだねていた。


「なぁ……本当に美味かったな。衣がサクサクですごく軽くて、いくらでも食べられるというか……」


「ああ……揚がってすぐなのと、魚の鮮度が違うだけでこんなに違うとは……。これは……新たな発見だな……」


 ディノスとコウセイさんは、フライのおいしさに感嘆した様子で、そろって小さく息をついた。


「兄ちゃんたち、いい食べっぷりだったねぇ。そんなに美味そうに食ってもえると、こっちも作る張り合いが出るよ」


 カウンター向こうの店主さんは、嬉しそうに僕たちに言った。


「僕たち、あんまり頻繁には来れないんですけど……機会があったら、また寄らせてもらいますね!」


「ありがとなぁ、お嬢ちゃん。ただ……今日は良かったんだが、近いうちに魚介系の定食は、出せなくなるかもしれないんだよなぁ」


「えっ、そうなんですか? それはどうして……」


「最近、海の魔獣が近海で異常発生してるらしくてね、その中でも、ギガントシャークの変異体が港の近くを回流するようになっちまったんだよ。船は襲うし、魚は根こそぎ飲み込んじまうしで……どうにもまいってんだ」


 ギガントシャークとは、クジラ並に巨大なサメの魔獣で、本来なら東の海の果てに生息している魚だという。

 店主のおじさんいわく、そのサメが暴れているせいで、船が出せないでいるそうだ。


「それは……大変ですね」


「王都にも討伐隊を要請したんだが……『末端の田舎漁港に回す兵はない』って断られちまってさ。どうも袖の下渡してねえと、動いちゃくれねえみたいなんだよな」


 この港町は、商人が貴族よりも幅を利かせている商業自治区の中にある。

 だから、王都の偉いさんたちからはもともと良く思われていないんだ──と、おじさんはため息まじりに教えてくれた。


「なんとも、ひどい話だな……」


「目先のことしか考えてないのか、あの人たちは……。国の治安を維持することが、トップの仕事だろうに」


 ディノスは他人事ながら、同情した様子で眉をひそめる。

 王都の人間の嫌なところを身をもって知っているコウセイさんは、苦虫を嚙み潰したような顔になった。


(でも、サメの魔獣か……。倒せるかどうかもわからないのに、安易に『僕たちが代わりに討伐します』なんて言わない方がいいよね……。ただ、このまま放っておくわけにも……)


 そんなことを考えている時だった。


 ゴォッ──という、突風のような音がしたかと思うと、直後、何かが衝突したような音が店外から響く。


 ──ドン、ドオォン……!!


 その轟音に続いて、地響きが波及し、グラグラと地面が揺れる。

 何が起こったのかと驚き、外に出る。

 すると、そこにあったのは陸に揚げられた大きなサメ。つまり、(くだん)のギガントシャークだった。

 

「え、何……。どうして、サメが陸地に……?」


 そして、波止場に横たわるサメの向こう側、その海面が盛り上がると、バシャアッ──と何かが飛び出してくる。 

 それは人。二メートルはあろうかという巨躯の男性。

 無論、サメに比べれば小さくはあるけど、何故かそのシルエットは底知れない雄大さを──強者のオーラを感じさせた。


 陸に上がった男性は、悠然とこちらに歩いてくる。

 港町の責任者らしき老人が彼に駆け寄り、頭を下げた。


「ありがとうございます、ゴズマ様! まさか、ギガントシャークをお一人で倒してしまうとは……!」


 老人の言葉に、男性は低く豪快な声で笑って言った。


「何、この程度、俺にとっては朝飯前よ。それに、この町も近いうちに我ら竜人族のものになるのだからな。貴様ら人間どもの(あるじ)として、やるべきことをやったまでだ」



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