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03.結局やるしかなさそうです


「……ちょっと待って」


「はい、なんでしょう」


「……なんでそうなるのか、わけがわからないんだけど」


 思わず丁寧語でなくなってしまった。

 少しだけ、声に苛立ちが混じる。

 基本的に、人には礼儀と敬意をもって接するよう気を付けてきたつもりだけど……さすがに今のはスルーできなかった。


「今、あんたなんつった」


「『私はゴーレムソウルのマリーです』」


「戻りすぎだ!」


 いや、ゴーレムソウルって種族名も気になるけど。

 大事なのは、それよりもっと後の発言だ。

 この体の持ち主が……自分で自分の魂を昇天させた? 死んだってこと?

 で、僕がこれから、この体で人間を誘惑するって……。


「女の子、ですよね。この体」


「はい、サキュバスです」


「僕、男なんだけど……。なんで、僕が選ばれたんですか」


「あなたの魂が一番ふさわしかったからです。簡単に言うなら、『この身体に適した魂を引き寄せる』──そんな効果の魔法を使わせていただきました。それで見事、あなたの魂が引き寄せられたのです」


「見事じゃないよ!」


「……そうですか? もっと誇っても良いと思いますが。あなたの魂が一番サキュバスにふさわしいということは、あなたがそれだけ魅力的ということなのですから」


 いや、おかしいだろ!

 僕は別にトランスジェンダーでもないし、そもそも僕がなりたいのは『最強の男』なんだけど!?

 サキュバスなんて、そこから対極の位置にある存在じゃないか!


「この身体の持ち主は……どうしてこんなことをしたんですか。自分の魂を昇天させて、僕を憑依させるなんて……」


「それについてお話すると、少々長くなるのですが……一言で申しますと、自信をなくされたから、ということになります」


「自信?」


「はい。ラテア様は、日々悩んでおられました。サキュバスとして多くの者を魅了して、人間たちを混乱に陥れなければならないのに、誰も自分になびかないと。魔道具などを使って、何とか今まではやってこられたのですが……このままでは魔王軍四天王の一人として申し訳が立たないとおっしゃられて。それである日、『自分にサキュバスの素質がないなら、それがある人に託せばいい』と、魂の代替わりをご発案なされたのです」


「な……なんじゃそりゃ」


 ツッコミどころしかなかった。

 なんでそれで僕の魂が呼び出されて、サキュバスの体に入れられることになるんだよ。

 だいたいどうして自分の魂を排除する方向に向かうのか。


「その、ラテアさん……の魂は、どうなったんですか。この体には、もういないんですよね?」


「はい。おそらく魂は天界で浄化され、どこか別の世界で生まれ変わっていると思われます。ラテア様ご本人も、それを望んでおられました。『もう疲れた。何もかも忘れて別の人生を歩みたい』と」


「無責任すぎません!?」


 ていうか、責任感ちょっとだけ残して、無関係の人間に引き継がせようとするなよ! はた迷惑すぎる!


「で……僕にサキュバスとして、人間たちを苦しめろってこと? 僕、人間なんですけど……」


「存じております。ですが、今はもうサキュバスになられたのですから、魔王軍に貢献していただかないと」


「……だから無理ですって。そもそも僕、人を傷つけるのは……あまり好きじゃないんで」


 格闘技やってたのだって、体を鍛えるためだし。

 強くなりたいとは思うけど、それは乱暴者になりたいのとは全然違う。


「サキュバスなので、そこは問題ないかと。人々を魅了状態に陥れるわけですから、直接的な暴力は使いません。それに、人間たちと戦う際も、魅了の力で配下に加わった人間を使えばいいのですから。極端な話、ご自身では何もしないでいいわけで、とてもお得ですよ」


「……あのね」


 テレビショッピングでエクササイズマシーンでも売り込まれている気分だった。


「……それと、元が人間という理由で任務を放棄されることは、おすすめいたしません。我々は魔族で構成された魔王軍。もし、あなたの魂が人間であることが他の方に知られたら……粛清対象にならないとは、言い切れませんので」


「ええぇ……」


 事情を説明して魔王軍を辞めさせてもらえば──なんて考えが頭をよぎったけど、一瞬で否定されてしまった。

 まあ、そう簡単に足抜けさせてくれる組織ではないのだろう。何せ『魔王軍』なのだから。


(でも……それなら、やるしかないってことなの? 嫌すぎるんだけど……!)


 異世界のサキュバスとして、魅了の力で人間たちを惑わし、彼らを苦しめる。普通の男子高校生のこの僕が。

 改めて言葉にしてみると、あまりにひどい状況で、笑う気にもなれない。


「はぁー……ちょっとクソすぎないか、これ……」


「そんなに嫌そうにため息をつかなくても」


「あなたのせいでしょうが」


「……で、ですが、今後の生活にはご満足いただけると思いますよ。ラテア様は魔王軍四天王の一人なのですから。衣食住、いずれも相応の好待遇で、きっとお気に召すことでしょう」


 ……やっぱりこの人、売り込みの下手な店員にしか見えないんだけど。

 ゴーレムソウルって何なのさ。


「というか、こんな乙女チックな部屋で、好待遇な住居って言われてもねえ……」


 けれど、他にどうしようもないみたいで。

 しばらく頭を抱えた後、結局僕はこの体で生活せざるを得ないことを理解したのだった。


「……わかった。わかりましたよ。やればいいんでしょ」


「ありがとうございます。そう言っていただけると思っておりました」


 僕があきらめたことを声色から理解したらしく、マリーは少しだけ声を弾ませる。光体の輝きも心なしか増したようだった。


 ……いや、でも、大丈夫なんだろうか。本気で前途多難なんだけど。


(僕にサキュバスとしての適性があるって……絶対何かの間違いでしょ。適当なところで『できませんでした、てへぺろ』って感じで、やめさせてもらえないだろうか……)


 あるいは、適当に人間と敵対するフリだけして、あとは魔王軍の領土内でお菓子でも食べて過ごすか? なんて投げやりな考えが脳裏をよぎる。


 あ、そうだ。食べるといえば。


「えっと、一つ聞いていい?」


「何でしょうか」


「もしかして、この身体……サキュバスだからって、食べられるご飯は変なものだったりしないよね? お、男の人の精気じゃないとダメだとか……」


「そこは大丈夫です。サキュバスは雑食ですから、前世の食事と同じものを召し上がっていただけますよ。ですが、お望みなら、男性の精気をエネルギーとして補給することも可能です。摂取されますか?」


 次の瞬間、僕は全力で叫んでいた。


「絶ッッ対、嫌です!!」



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