28.魔王様、告白する
(おおおおおおっ……!?)
両手が光る、ビカビカと。
僕のこの手が輝き叫ぶ。
(って、輝いても叫んでもヤバいから! 僕が隠れてるのバレたらまずいんだって!)
ぐぐっと体を丸めて何とか魔力を抑制し、一度深呼吸。よし、バレてない。
それから、自分の手のひらを再び見つめる。
(……見える……。力に目覚めたからだろうか、この魔力の特性が理解できる感じだ……)
僕の手の先には、ほんの少しだけ空間が歪んだようなゆらぎがあり、そこから魔力が放出されていた。
その魔力は、漫画とかでよくあるような『魅了の力』よりは、まだ弱い。
せいぜい対象の感情に働きかけ、躊躇している行動を後押しするくらいの力しかないだろう。サキュバスの力ではあるけど、その程度の強さのように思われた。
(要するに、ちょっとだけ羞恥心を忘れさせるくらいの効果しかないみたいだ。この力……)
空中にステータスが浮かぶみたいな便利なものはないけど、サキュバスの本能なのか、この魔力がどんなものかは何故か理解できていた。
加えて、今の状態、サキュバスとしては初歩の初歩というところだけど、それでも目の前の状況を変えるには十分な力だといえる。
(……よし!)
僕は魔力を指先に集中させ、それを魔王様に飛ばそうとする。
感情を操作するこの力で、魔王様の恋心を後押しして二人をくっつける。
そうすれば万事解決、ハッピーエンドになるはずだ。
と、そこで不意に、傍らのソファーの上のリモコン魔道具が目に入った。
外に映像を投射する、投影用の魔道具。
その板状の魔道具は、放送のスイッチがオンになったままで。
それを見た時、僕は最も大事なことを忘れていたことに気付く。
──ヤバい!
そう、つまり──今までの魔王様たちの会話は、全部城下に放映されていたのだ。
(って──ヤバいヤバいヤバいっっ! そういえばスイッチは切られてなかったんだ! ここまでの会話が外に漏れちゃってるし、あと少しで魔王様の告白シーンが城下全域に中継されるところだった……!)
ぞっとして、すぐにリモコンを消そうと手を伸ばす。
けれど、スイッチを切ろうとしても、それにはロックがかかっていて解除できなかった。
ロックした当人であるロザリンドは、あこがれの魔王様に迫られているせいか、上気した表情で、僕と同じくスイッチのことは失念してしまっているみたいだ。
(どっ、どうする……? ここで大声を上げて二人を止めるか……。でも、僕が今、彼らの間に入ったら、二人のいい雰囲気が……!)
一瞬、このまま告白を続けさせることを考えるが、即座に理性がそれを否定した。
さすがにそんな場面の公開中継をさせてしまうほど馬鹿じゃない。
僕は迷いを振り切り、声をあげて二人の間に飛び込んでいく。
「ロザリンドっ! ロックを!」
リモコンを彼女に向かって投げる。僕の姿を目にして、ハッと我に返ったロザリンドは、それを片手で受け取った。
即座に魔術のロックを解除して、スイッチをオフに。
直後、ブツンという音とともに、上空の映像がブラックアウトした。
「ら、ラテア、そなた、どうしてここに!?」
「魔王様っ、覗き見の罰は甘んじてお受けします! ですが、その前に、僕の説明を聞いていただけないでしょうかっ!」
僕はスライディング土下座する勢いで魔王様の前で膝をつき、それから今回の弁明をすることにした。
◇
「……つ、つまり、先刻からの余とロザリンドの会話は、城下の民たちに筒抜けであったと……。そういうことなのか……」
「……はい」
「あのまま話を続けていれば……その後の余の言動も……み、皆に見られるところだったと……」
「そう……なります」
僕の説明を聞き終え、魔王様は冷や汗をかきながら、はぁぁー……と大きなため息をついた。
まあ、仕方のない反応だと思う。僕がその立場でも、きっと同じ感じで脱力しただろう。
「そ、それで……危機を救ってくれたことには感謝するが、ラテアよ、そなたは何故衝立の陰に隠れていたのだ。というか、どうして機材のスイッチにロックなどを……。いきさつがまるでわからんのだが……」
「そ、それは──」
「お待ち下さい、魔王様! 此度の件、ロックをかけていたのはあたしです。ラテアに罪はありません!」
「って、ロザリンド!」
「……いや、そもそも話が見えないから尋ねているのだが。まずはわけを教えてくれぬか」
ロザリンドがフォローしようとしてくれているけど、当然彼女だけの責任じゃない。
それに、この状況では件の案のことを隠すことも難しそうだった。
僕は、騒動の元になった懸案事項──魔王代理の件も含めて、おとなしく話すことにする。
そして、すべてを打ち明けた後、魔王様は。
「……なるほど。シャルロットに魔力の譲渡をしない代わりに、十年間ロザリンドが余の代理を、とな……」
「あっ、あのっ。これは僕が勝手に考えたことで、ロザリンド自身は反対していたんです。『謀反を疑われるようなことはしたくない』って」
「ラテア!」
「だから、罰を受けるのは僕だけで……ロザリンドには、どうかお慈悲をお願いしますっ!」
「いえ、代理の案を知っていて、黙っていたんだからあたしも同罪です! 魔王様、あたしの方にこそ罰を!」
「いや、ロザリンド!」
「……二人とも落ち着け」
魔王様は、いつもの静かで威厳ある声に戻ると、僕たちに言った。
「ラテア、それにロザリンドよ。そなたらが余の体を気遣ってくれたこと、嬉しく思う。余の代理としてロザリンドを立てようとしたのも、余を思うがゆえだと……疑うつもりもないが、つまりはそういうことなのだな?」
「は、はい」
「ではラテアよ。余の代理を立てるにしても、四天王の中でディノスでなくフェルミーでもなく、何故ロザリンドを選んだ。理由を申せ」
「はい、それは……総合的に見て、彼女が魔王様の次に僕たちの指揮を執るにふさわしいからです。そして何よりも、一番魔王様とシャルロット様のことを思っているからです」
そこで魔王様は「うむ」とうなずき、ロザリンドの方を向いた。
「では、ロザリンドよ。何故そなたはラテアの申し出を拒んだのだ」
「それは……あたしなんかが魔王様の代理というのは、身に余ることだからです。あたしはガサツですし……家柄や血筋といった、上に立つための出自がありませんから……」
「……では、それがあればいいのだな?」
「え?」
魔王様はボソリとつぶやくと、再びこちらに向き合った。
「ラテアよ。先ほど衝立の向こうで、そなたは何をしようとしていた。何やら少し光っていたが」
「うぇっ、ひ、光ったのは見えてたんですか。あ、あの、何故だかサキュバスの力が、ついさっき目覚めたみたいで……。ま、魔王様の告白を……魔力で後押ししようとしてました」
嘘をつく余裕もなく、僕は正直に白状してしまう。
それを聞いた魔王様は、「ぶはっ」と吹き出し、自嘲の笑みを見せた。
「ま、魔王様!?」
「……ははっ、いや、情けない魔王でまったくすまないことだな。だが、まあ……余も腹をくくらねばならんということか」
そう独り言ちてから、彼は僕に頼んでくる。「先ほどのサキュバスの魔力を、改めてかけてくれないか」と。
「えっ、ど、どうしてですか」
「何、ただの景気づけだ。それがなくても告白するつもりでいたが、せっかく背中を押してくれるのだ。ありがたく好意を受けておこうと思ってな」
「え、それは……」
その意図を察しながら、僕は命じられるままに自分の魔力を魔王様に与える。
指の先から魔力を放出。ピンク色の瘴気が彼の周りを包み込むと、その身になじむようにすうっと消えていった。
そして、それが完全に消失した後、魔王様はなんと自分でリモコンの投影スイッチを入れ、それからロザリンドへと向き合った。
「……ロザリンドよ。そなたは余にとって、もはや何者にも代えがたい存在になっているのだ。願わくば……余の伴侶として、ともに人生を歩ませてほしい。そして、シャルロットの……あの子の母親に……どうか、なってはくれないだろうか」
「……魔王様……!」
「名を、呼んでくれぬか。レブラムと」
「はい……はい、レブラム様……! こんなあたしでよければ、どうか、お傍に置いてくださいませ……!」
ロザリンドは嬉し涙を見せながら、魔王様の手を取る。
魔王様──フルネームは、レブラム・ガル・ラ・リンゼール──は、その手を引いてロザリンドの体を抱き寄せた。
(ええと……これで、めでたしめでたしだと思うけど……。今、魔王様、リモコンのスイッチ入れたよね……? ってことは、この光景が城下全体に放送されちゃってるんじゃ……)
「──皆の者!」
と、そこで魔王様は放送室のカメラに向かって声を上げた。
「見ての通り、魔獣将軍ロザリンドは、余の妃となった! それはすなわち、はばかることなき身分、余に次ぐ位であることを意味する! 追って正式な通達がなされるであろうが、これより先、このロザリンドが余の代理として魔王の地位を代行することになる! これは勅命である! 今後はロザリンドの指示に従い、各々職務を遂行せよ!」
(おおおっ……!?)
先刻のヘタレ具合からは想像できない、荘厳さを伴った声。
そして、彼の宣言で僕は理解する。
魔王様はロザリンドと両想いになっただけじゃない。彼女を妃にすることで、彼女の身分に箔を付けさせ、魔王代理とすることに何の文句も言わせないようにしたのだ。
(なるほど、これならロザリンドの出自が何だろうと関係なくなる……!)
間を置かず、塔の近くの区画から歓声が上がる。
それは、魔獣戦士団の兵士たちが主に居住している区域。ロザリンドの配下の者たちが多くいるところだ。
すなわち、映像の一部始終を見た彼女の部下たちが、ロザリンドの魔王代理襲名に喜びの声を上げたのだ。
ドタドタドタッ──バタン!
「ま、魔王様!」
「い、今の放送は……!」
続いて、フェルミーとディノスが放送室に駆け込んでくる。
魔王様は悠然とした表情で、「聞いての通りだ。そういうわけだから、そなたらも以降、よろしく頼むぞ」と言った。
こうして僕たち魔王軍は、魔獣将軍ロザリンドを魔王代理という臨時の頭目として据えることになる。
騒動の発端となったのは僕なので、僕自身も責任重大だなあとか、色々お騒がせしちゃったなあ、なんてことを思っていると、魔王様が手招きして、僕をカメラの映らない場所に移動させた。
「あー……ところでラテア、一応これで丸く収まったと思うのだが……。先刻、余が告白の寸前で、まごついていたことは……い、今の譲位宣言で……カバーできただろうか……?」
魔王様は、ためらいがちな表情で、僕にそう尋ねてくる。
上手く嘘のつけない僕は、「……大丈夫だと思いますよ」と言いつつも、その笑顔を引きつらせてしまったのだった。




