27.魔王様とロザリンド
そんな感じで、放送を続けて数か月。
いつもの放送日の直前、そろそろ頃合いだと思い、僕はロザリンドに再度頼みを持ち掛けることにした。
「ねぇ、ロザリ──」
「ダメだよ」
「え」
けれど、言う前からバッサリと断られてしまう。
「ええと、ロザリンド……僕が何を言おうとしたか、わかるの……?」
「もちろんだよ。魔王様の代理をあたしにやってほしいって件だよね? 前にも言った通り、引き受ける気はないから。悪いけどね」
「よく……わかったね」
「最近妙に静かだったからね。まだあきらめてなさそうだったし、そろそろ来る頃じゃないかと思ってたんだよ」
ロザリンドはやれやれという感じで苦笑を僕に向ける。
続いて彼女は放送室の機材に足を向けると、板状の遠隔操作用魔道具を手に取り、オンエアのスイッチを押した。
「って、ロザリンド!?」
ヴンという音とともに、窓の外の上空に放送室の映像が投射される。
まだ放送前だというのに一体何をするのか。僕が声を上げると、彼女は唇に人差し指を当て、沈黙を命じる所作を取った。
どうしてこんなことを──と一瞬考え、すぐに意図に気付く。
(あっ、そうか……このまましゃべると、外にも会話が聞かれてしまう。これ以上、僕に説得を続けさせないためか……!)
魔王様本人に、魔王代理を立てる案を伝えていないことは、ロザリンドも知っていた。
つまり、ロザリンドへの説得は、まだ秘密裏に行わなければいけない。
けれどこうして放送室の投影スイッチを入れてしまえば、今ここでしゃべっている内容が外に流れてしまう。
要するに、このまま会話を続ければ、僕の計画が魔王様どころか兵たちにまで筒抜けになってしまうのだ。
(案外、頭脳プレイにも長けてるじゃないのさ、ロザリンド……)
僕が口惜しげな表情で感想を示すと、彼女は多少申し訳なさそうに肩をすくめる。
そして、直後、ロザリンドはリモコンを部屋奥の、休憩用のソファーに向かって投げてしまった。
「えっ」
さらに驚き、思わず投げられた方向に駆け出して、ソファーの上に落ちたリモコンを拾う。
ソファーの手前には衝立があり、そのせいで見えなかったのだけど、リモコンのスイッチをオフにしようとしても、それには魔術でロックがかけられてしまっていた。
(あぁっ、これじゃ放送のスイッチが切れない……!)
「悪いね、ラテア。どうせ奪いに来るだろうと思ってさ。揉み合いになる前に、ロックをかけさせてもらったよ」
(し、しまった……だからあっさりと手放したのか……!)
口に手を添え、ロザリンドは小声で言う。僕は声も出せずに歯噛みする。
と、そこへ。
「すまない、邪魔するぞ」
そんな声がして入り口の方を見ると、先日の放送時のように魔王様が立っていた。
彼はロザリンドの姿を確認すると、「そなた一人か。ちょうどいい」と言う。
僕の存在は衝立のせいで見えていないようだ。
ロザリンドは「まっ、魔王様! 何か御用でしょうか」と、詰まりながら敬礼する。
魔王様は少し逡巡した後、「うむ、実は伝えたいことがあってな。そなたを探していたのだ」と答えた。
「伝えたいこと……あたしに……ですか?」
「最近の放送、あれのおかげでシャルロットも民たちに受け入れられ、順調に世代交代の準備が進んでいるだろう。その礼を言いたくてな」
「い、いえ、それでしたら……私ではなく、ラテアやフェルミーが主導でやってくれたことですから」
「もちろん、彼女らにも礼は言うつもりだ。だが、シャルロットがあれほど穏やかに皆と打ち解けられたのは……ロザリンド、そなたが娘を見ていてくれたおかげだろう。その働きは、格別に大きいものだと思っている」
「そ、そんな……」
「放送のことだけではない。シャルロットは以前にも増して、よく笑うようになった。……あの子のあんなに明るい表情を見たのは、初めてかもしれない。そなたは娘にとって……いや、余にとっても、今やなくてはならない存在となっているのだ」
「えっ……」
声を漏らし、固まるロザリンド。彼女の声には、驚きと戸惑いが混じっていた。
それもそのはず、魔王様が発した言葉からは、ただのねぎらいではない、特別な者に向ける響きが感じられたからだ。
ロザリンドに向けるまなざしも、どこか熱を帯びたもので。
「あっ、あの、魔王様……」
「……そなたの誠意に、心からの感謝と、敬意を」
そう言って、彼はロザリンドに歩み寄ると、彼女の手の甲にキスをする。
そして、同じ目の高さまで体をかがめ、顔が触れるくらいの距離で視線を合わせた。
「──!」
(ちょ、こっ、こここここ、これって……!)
見ているこっちの心臓が飛び跳ねそうだった。
僕も人の恋愛事情に聡い方じゃないけど、それでもわかる。
これは、多分──いや、絶対にそうだ。
魔王様は、ロザリンドにただの部下に対する感情ではない──特別な思いを抱いてる。
思えば、それは自然なことだった。
先日、魔王様が倒れた時、誰よりも彼のことを心配していたのは、他でもないロザリンドだ。
その後も彼女は足しげくお見舞いに通い、魔王様のことを気遣っていた。
無論、彼を慕うがゆえの行動なのだけど、魔王様はそんなロザリンドの中に、真摯な真心を見出したに違いない。
それはシャルロット様のお世話をしていることだってそうだ。
どちらも決して下心なんかじゃない。彼ら親子を本当に思っているからこそで、だから魔王様もこうしてロザリンドの思いに応える気になったのだろう。
(ああ、良かった……今までの行いが報われたんだ……。おめでとう、ロザリンド……!)
僕は少しうるっときて、衝立の後ろで涙ぐんでしまった。
ただ、そこで。
「……」
(ん……?)
あと一歩で二人は結ばれるというところで、何故か魔王様は動きを止めてしまった。
頬を染めた状態で、躊躇したようにロザリンドの手を取ったまま、微動だにしない。
目線だけは外さずに、彼女をきちんと見つめてはいるけど。
(あ、あれ、ここからプロポーズしてキスじゃないの……? 流れ的に……)
どうしたのかと思い、僕はこっそりと魔王様の顔を覗く。
「ろ、ロザリンド……その……」
そして察する。
これは……まさかとは思うけど……。
「……よ、余は……」
(もしかして、魔王様って……実は……割と奥手……!?)
その表情から、それとなく理解してしまった。
今の魔王様の表情は、言うなれば初恋の相手に尻込みしてしまう純情な少年のそれだった。
魔王としての威厳もあって、パッと見ではわかりにくいけど、こうして傍から見ると、唇がちょっと震えてしまっている。
頬が赤いのも、あがってしまっているせいだろう。
色恋沙汰とはご無沙汰だったせいか、これが素の性格なのかはわからない。でも、とにかく寸前で恥じらって、最後の一歩を踏み出せないでいる、そんな感じのピュアな表情だった。
(な、何やってるんですか、魔王様! そこは「余の伴侶となってくれ」でも「娘の母親になってくれ」でもいいでしょ! さっさと告ってチューすればいいんですよ!)
幸いなことに、ロザリンドはその場の空気に当てられているようで、魔王様の内心に気づいていない。
とはいえ、いつまでもその状態でいられるわけはない。
あまり気を持たせていれば、そのうちバレてしまうだろう。
(……ああっ、このままじゃヤバいって! ていうか、じれったすぎる! こんな時、魔法か何かで気持ちにバフでもかけられたら良いのに……!)
他人事ながらやきもきしてしまう。
僕は馬鹿みたいに一人で後ろで盛り上がる。──と、その時だった。
──ドクン。
(え?)
僕の心臓が跳ねた。
胸の奥が、火が付いたように熱を持つ。
その熱さが手に伝播して、手のひらが光を発する。
「!? ? うぇ!?」
声が出そうになって(ちょっと出た)、思わず口をふさいだ。
一体、何が起こったのか。わけが分からず戸惑う。
しかしその疑問は、内から湧き上がる直感によって即座に霧散する。
(こ……これって……魔力……?)
それは魔力の光。魔族としての力の発露。
頭でわからずとも、体で理解してしまった。
今まで何故か発現していなかった、この体の──サキュバスが本来持つ力。それが体の中からあふれてくる。
つまり、僕のサキュバスとしての覚醒が、まさにこの時、始まったのだった。




