23.ロザリンドの思い
そして、数日後の夜。
少し意外な人物が、僕の部屋のドアをノックする。
「ラテア、あたしだけど。ちょっといいかい?」
「どうしたの、ロザリンド。僕の部屋に来るなんて、初めてだよね……?」
何やら僕に相談したいことがあるらしい。
ロザリンドは食事がてら話したいと、僕を夜の街へと誘った。
「いらっしゃいませー! ご予約の二名様ですね。一番奥のお部屋にどうぞ!」
住民たちの喧騒が響き渡る、城下の下層区域の繁華街。
ロザリンドに連れられて、僕はその一画の小料理屋の暖簾をくぐる。
「ここはあたしの行きつけの店でね。外観はボロだけど、出てくる料理はなかなかのものなんだよ」
勝手知ったる様子で廊下を進むロザリンド。
つきあたりの個室に入ると、彼女は手前の椅子に腰かけて、奥の席に着くよう僕に促した。
「……どうかしたのかい、ラテア? さ、遠慮しないで、座って座って」
「えーと、あの、ロザリンド、さっきから聞きたかったんだけど、その足は……?」
「ん、ああ、言ってなかったっけ? あたしの種族は人型にもなれるって。というか、魔獣の四つ足になるのは戦闘時か公の場くらいで、むしろこっちが普通なんだけどね」
「えっ、そ、そうなの……」
今夜のロザリンドは鎧もまとっておらず、ブラウスに細身のパンツという、ラフな格好だった。
細身のパンツ。つまり、魔獣の下半身ではなく、人間の二本足になっている。
その外見は、スタイリッシュなお姉さんという感じでとてもキマっている。
でも、僕の部屋から城下まで、あまりに自然体でその格好で歩いてきたので、僕は彼女に聞くタイミングを逸してしまっていた。
(まあ……確かに、獣の足だと不便なことも多いのかも。でも、これだと『魔獣将軍』って感じじゃなくなってるなあ……)
「──それで、聞きたいんだけどさ」
と、最初の料理が運ばれてきた後で、彼女は僕に尋ねる。
「ラテアは正直、魔王様のお考えを……どう思う?」
「どう思うって……シャルロット様に地位を継がせることについて?」
僕が問い返すと、ロザリンドは「そう」と、うなずいて言った。
「あたしは……本音を言うと、ちょっとどうかと思ってるんだ。魔王様のご命令に逆らうつもりはないけど……今回は、ご自身のお身体をあまりにも酷使しすぎていると思うんだよ」
「それは、まあ……確かにね」
今後静養に専念すれば、おそらく百年は生きられると魔王様は言っていた。
でも、魔力を譲渡してそれが数十年減るというのは、客観的に見てかなりのダメージと言っていい。
そもそも、現時点での魔王様の健康状態は良くない。
死にはしないと言っていたけど、力の譲渡で寿命が縮むのなら、それは身体に何らかの悪影響が出るということ。
とすれば、その余生を魔王様が穏やかに過ごせるとは限らない。
「それに……シャルロット様だって、本当ならまだ遊びたい盛りの年頃なのにさ。あたしたちの勝手な都合で、無理に魔王の座を継がせるなんて……。こんなこと、本来ならあっちゃいけないことなんだよ」
(うん、それももっともな意見だなぁ……)
いくら魔力が増えるといっても、力を受け継ぐのは年端もいかない女の子。
魔王の地位を受け継いだ後で、彼女の両肩にのしかかる重圧は、いったいどれほどのものだろうか。
「……あれ、そういえばさ、シャルロット様って今、何歳なの? っていうか、あの子のお母さん……魔王様の奥方様はどうしてるの?」
子供から大人への成長速度は、人間と同じくらいだと魔王様が言っていた。
なら、今のシャルロット様は見た目通り、七、八歳くらいなのだろう。
でも、魔王様の種族は少なくとも百年は生きるわけで……。彼が若い頃に無理をして、そこから子供に継がせることを考え始めたのなら、時期が合わないような。
「あたしもこの前聞いたばかりなんだけど……シャルロット様が生まれたのは、実は今から五十年以上も前なんだってさ。奥方様は、シャルロット様を産んだ直後に亡くなられたそうなんだ。それで、シャルロット様も乳児期は特殊な保育器の中にずっと入っていて……ほとんど冬眠状態みたいな感じで過ごされてきたらしいんだよ」
「……そうなの?」
ロザリンドが言うには、シャルロット様は産まれた時の状態が良くなかったらしく、長い間休眠保存的な措置をしなければならなかったらしい。
「だから、七、八歳って言い方でも、実質的な意味では間違ってないと思う。でも、だからこそ魔王の座を継がせるのは……あたしはやっぱり反対なんだよね」
ロザリンドは手元のグラスに視線を落とし、やる方なさそうにつぶやいた。
「……確かにね」
その様子は、本当にシャルロット様のことを心配しているようで。
魔王軍だというのに、僕はなんだか心があたたかくなってしまう。
「それに、魔王様だって……わざわざ寿命を縮める必要なんてない。あの方こそ、もっと長生きして、幸せになられるべきなんだよ」
ロザリンドは今までで一番感情をこめて、そう僕に訴えた。
「……好きなんだね。魔王様のことが」
「うん」
と、うなずいた後、ハッと我に返るロザリンド。
「あっ、す、好きっていっても、お慕いしています的な意味でね!? ああいや、『お慕い』でもそういう意味になっちゃうか……。ええと、ほら、あれだよ、同じ魔王軍の家族として大事に思ってるっていうか……って、それもおこがましいか!」
「あはは、わかってるから。大丈夫だって」
そうフォローを入れつつも、バレバレだなあと口には出さず思う。
(そっか……シャルロット様のことだけじゃない。ロザリンドは、魔王様が好きなんだ。だから、みんな以上にこうやって心配してるんだなあ……)
「……ねぇ、ラテア。何かいい方法ってないのかな。魔王様やシャルロット様の負担にならない方法は」
「うん、あるよ」
「えっ、ほんとに!?」
僕はロザリンドの気持ちを聞いて、とある一つの方法を思いついていた。
それは、魔王様とシャルロット様のために誰が最も力を尽くせるのか──それを考えた時に、ごく自然に出てくる結論。
「ラテア、その方法って、どういう──」
「今度ディノスたちも呼んで、その時に改めて教えるよ。もう少し、考えを詰めてからにしたいんだ」
ただ、おそらくそれは、ロザリンドには受け入れられないだろう案でもある。
だから、ここではあえて言わず、はぐらかすことにした。
(ロザリンドは嫌がるかもしれないけど……どう考えても、『これ』が一番いい方法なんじゃないかなぁ……)
そんな僕の内心を知るよしもなく、彼女は「そっか、わかった」と素直に引き下がってくれる。
「じゃ、まあ、今夜はそのことは置いといて、飲もっか。ここはあたしが全部持つからさ」
「……いや、僕、未成年なんだけど」
僕が困り気味にそう返すと、ロザリンドは目をぱちくりとさせ、「あはは、ごめん!」と笑ったのだった。




