22.魔王様、倒れる
魔王城に急遽帰還した僕とディノスは、中央塔の最上階、魔王様の寝所に通される。
入室した時に最初に目に入ったのは、天蓋付きの大きなベッド。
魔王様はその上で、静かに体を横たえていた。
「フェルミー、ロザリンド」
僕が先に部屋に入っていた二人の背中に声をかけると、フェルミーがうなずいて無言で手招きする。
ロザリンドが「ラテアとディノスが到着しました」と魔王様に伝える。
魔王様は「……来たか」とつぶやき、ゆっくりと身体を起こした。
僕はそこで初めて、彼の──魔王様の素顔を見た。
ディノスと同じくらいの長身の男性。外見は三十代半ばくらい。髪は長くて銀色で、頭に二本の角が生えている。
いかにも魔族の王という感じの風貌。
だけど、今はとてもやつれていて、見るからに具合が悪そうだった。
そして、はたと気付いた。
このやつれ具合は、昨日今日でなったんじゃない。おそらく今までヴェールで顔を隠していたのは、これを部下に見せないためだったのだと。
「皆の者、世話をかけるな」
魔王様は僕たち四人に頭を下げる。
ロザリンドは慌てた様子で、「おやめください」とそれを止めた。
「あまり時間を取ってはおれんのでな。手短に用件を伝えよう」
余の命はもう長くないのだ──そう言って、魔王様は今後の魔王軍をどうするかについて、話し始めた。
──そもそも、魔王様は以前から体を悪くしていたらしい。
彼は同族の中では体躯に劣る方で、それを魔力の強さで補ってきたそうだ。
けれど、若い時分、人間たちとの戦いが激化した時、休むことなく魔力を使い続けたため、それ以降は無理のできない体になってしまう。
己の余命の短さを知った魔王様は、次代への継承について考え始める。
実は魔王様には娘がいて、かねてからその子に自分の地位を継がせたいと考えていた。
しかし、娘は幼く、その力も王になるにはまだ未熟。
しばらくは、だましだましで彼自身が魔王を続けてきたけど……今回、竜人族の侵攻など、激務といくつもの懸念事項が重なり、倒れてしまったとのことだった。
「紹介しよう。余の娘、シャルロットだ」
魔王様が言うと、奥の扉が開き、小さな少女が姿を現す。
侍女に連れられて入って来た彼女は、魔王様と同じ銀色の髪と二本の角。
まだ七、八歳くらいといったところだけれど、まごうことなき彼の娘だった。
「……よろしくおねがいいたします。シャルロット・デ・ラ・リンゼールです」
シャルロット様は緊張した面持ちでお辞儀をする。
魔王様は彼女を見つつ、言葉を続けた。
「我らの種族が子供から大人へと成長する期間は、人間とほぼ同じ。つまり、この子はあと十年ほどで魔王たる力が備わることになる。……だが、十年も玉座を空けるわけにはいかんのだ。そこで、余は自らの魔力をこの子にすべて譲渡しようと考えている。力を受け継がせ、身体になじませる……それならばおよそ半年の期間で済む。すなわち半年後に、このシャルロットが次の魔王として即位することになる」
「お待ちください!」
そこで声を上げたのはロザリンド。彼女は心底心配した様子で魔王様に尋ねた。
「ご息女に力を分けられた場合……ま、魔王様ご自身は、どうなるのですか……? 少なくとも、魔力の絶対量が減少することは明白……。ま、まさか、魔力を渡し終えた後、魔王様のお命は……」
「心配するな、死にはせん。……だがまあ、寿命が縮むことは確かだな」
「そんな! やはりいけません!」
「……しかしな、そもそもの残りの寿命がわずか百年ほどしかないのだ。それが数十年減るとしても、この国を守れるのなら……安いものとは思わんか」
「「「「……え?」」」」
その答えに、思わず四天王の全員が、間の抜けた声を出してしまう。
「あ、あの……わずか百年って……」
「お身体を悪くされて、百年……なのですか?」
「このまま一線を退いて、以後は療養に専念すればな。魔力の譲渡を行った場合、そこから三、四十年は死期が早まるというのが典医の見立てだ」
「は、はぁ、なるほど……」
ロザリンドは戸惑いながらもなんとか相槌を打つ。
どうやら魔王様の種族はかなりの長命で、時間の感覚が僕らとは違うようだった。
「幸いにして、人間の勇者という直近の問題はラテアとディノスが排除してくれた。だが、北の竜人族の脅威を考えれば、気を引き締めるべきはこれからだ。近いうちに、大陸の勢力図は混沌の様相を呈してくるだろう。その時に、魔王軍のトップが倒れていてはどうにもならんのだ」
魔王様は口惜しそうに、言葉を続ける。
「ゆえに、余はそなたらに頼みたい。シャルロットが即位するまでの半年間、魔王軍を守り続け、即位後は娘の後ろ支えになって欲しい。力を受け継いだとしても、まだこの子は幼い。学ばねばならんことも山ほどある」
「つまり、我々は軍務のみならず、シャルロット様の後見人としても……ということですか」
フェルミーが尋ねると、魔王様は「うむ」と首肯した。
「余は父親としては失格だ。しかし、部下には恵まれたと思っている。だから、力だけでなく、そなたらのようなかけがえのないものをこの子にも遺してやりたいと思うのだ。どうか……頼まれてくれるだろうか」
「俺たちが……かけがえのない……」
「……身に余るお言葉、とても光栄に存じます」
ディノスとフェルミーは、強く感激した様子で胸に拳を当て、敬礼の所作を取る。
僕とロザリンドも、一拍遅れて同じ姿勢で一礼する。
ただ、ロザリンドは何故か表情を固くしたまま、それ以上言葉を発することはなかった。
そうして僕たちは、魔王様から今までで一番大きな任務を拝命する。
とはいえ、大変なことになったとは思うけど、僕としては何か特別なことができるわけでもない。
だからまあ、今後は皆で協力してシャルロット様を盛り立てていくんだろうな……なんてことを考えていて、この時はまだ、自分からこの件に深く関わっていくとは、まるで思っていなかった。




