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21.ディノスのお師匠さん


 完っ全に想定外だった。

 というか、勘違いしてた。

 マリーが僕のために何かを用意してくれる……その好意自体には疑いがないのだけど、要するにそれは『サキュバスのラテア』に向けてのものだ。

 だから、今回の衣装も、女の子のためのもの。あるいは、可愛さに力点を置いた、男受けを重視したもの。そのことを僕は完全に失念していた。


(清潔感があるっていうから、白シャツと黒のスキニーパンツみたいな、ユニセックス的なのを想像してたのに……)


 丈の長い真っ白なワンピースも、確かに清潔感はある。けど、なんていうか……男向け恋愛アニメでヒロインが着るようなあざとさで、あまりにもベタすぎると思う。


(……まあ、ボンデージよりはマシだから、着たけど。ディノスのお師匠さんにも、これくらいなら失礼じゃないだろうし……)


 ただ、ディノスがこの格好の僕を見て、なんだかうろたえた様子で顔を赤らめているので、ちょっとだけ不安になった。


「あ、あのさ、ディノス。この服……やっぱり、変じゃない……かな」


「え、いや、変じゃないぞ! ぜ、全然いい! むしろ、良すぎて……少しびっくりしたくらいなんだ」


「……ほんと? なら良かった」


 でも、そんなことを言いながらも、ディノスは道中、僕と目を合わせようとしなかった。

 そのことを問いただすと、彼は口ごもりながら小声で答える。


「……いや、あのな、そのワンピースだと、陽の光で、す、透けて、お前の、身体の、ラインが……」


「え、何? もう少し大きい声で言ってよ」


 後ろの方、何て言ってるのかよく聞こえなかったんだけど。

 でも、聞き返そうとしたところで、ちょうど僕たちは目的地に着いてしまった。


「──ここだ」


「こんな森の中に家が……。確か、ディノスのお師匠さん、一人で住んでるんだっけ?」


「ああ……俺も会うのは久しぶりだな」


 ディノスはそう言って、感慨深げにフッと微笑む。

 彼のお師匠さんが住む一軒家。こじんまりとしたその家の隣には、剣術道場らしき大きめの建物もあった。


(あれ、なんだろう……屋根瓦とかあって、ちょっと和風っぽい……?)


「今の時間帯だと、多分先生は道場の方だと思う。ついてきてくれ」


「あ、うん」


 僕はディノスに連れられて、横の建物に入った。




「──初めまして。ナナミ・トウカセンといいます。あなたがディノスのお友達のサキュバスちゃんね。会えて嬉しいわ」


 板間の道場にて。

 道着(どうぎ)(はかま)を履いた黒髪の女性──ナナミさんは、正座をして、たおやかな声で僕に自己紹介をした。


「ら、ラテア・ペンデグラムです。よろしくお願いします」


 向かい合い、同じように正座のままでお辞儀をする僕。

 それを見て、ディノスは少し悪戯っぽく笑って、こちらに耳打ちをした。


「驚いたろ。さすがのお前でも、師匠が女性だとは思わなかったんじゃないか?」


「う、うん」


「……お前をびっくりさせたくてな。あえて黙ってた」


「……あはは。ほんと、確かにびっくりしたよ」


 僕が笑って返したことで、ディノスは安堵したように小さく息をつく。

 ただ、実を言うと、僕は内心ではまだ戸惑っていた。

 お師匠さんが女性だったことにではない。

 確かにそこも驚きではあったけど……それ以上に、彼女の名前や衣服、あるいは板間の道場というこの景色、つまり、あまりにも『和の要素』が多かったことが予想外だったのだ。


(この人も……日本からの転移者ってこと……? でも、髪はともかく、瞳の色はアイスブルー……。それに、『トウカセン』って苗字、発音は漢字っぽいけど、日本人の名字としては違和感あるような……)


「あ、あの」


「ん、何かしら?」


「ナナミさんは……もしかして、日本の方なんですか?」


「ニホン? それは……国の名前?」


 って、あれ、違う? 日本人じゃなかった!?

 特に隠す必要もないので、僕は思い切って転生前のことを彼女に打ち明けてみる。

 それを受けて返ってきた応えは、「否」。ナナミさんの出身は、フソウという東の島国だという。

 つまり、彼女は──この世界の(・・・・・)東方出身とのことだった。


「……なるほどね。あなたの故郷と私の国とは、似通うところがあると……。なんとも不思議なこともあるものねぇ」


「何か理由があるんですかね。ラテアの前世の故郷と、フソウ国がそっくりなことに。両者の気候や風土が似てたから、とか……?」


「それだけでそんなに似るものかしら。……あるいはそうね、もしかしたらだけど……昔のフソウ国に、そのニホンからの転移者が流れ着いて、それで文化が混ざり合ったから、だったりして」


 ナナミさんとディノスは、お互いにそんな私見を述べながら語りあう。

 僕はそれらの予想にうなずきながら、内心ではもっと不純なことを考えていた。


(……やっぱりこの世界って、ゲーム的というか、『よくあるファンタジー世界』だよねぇ……。似た理由も、ただ単純にそれだけだからだったりして……)


「ところで、ラテアちゃんも武術に興味があるんですって? 見るだけじゃなくて、自分でも体験してみたいとか」


「あ、はい。同じように稽古をつけていただけたらと思います」


「嬉しいわぁ、うちの道場ってやんちゃ坊主の男の子ばっかりだから、あなたみたいな可愛い子が門下生になってくれるなら大歓迎よ!」


「せ、先生、やんちゃ坊主はないんじゃないですか。俺も含めて弟子はみんな成人済みなんですよ!?」


「何言ってるの、ディノス。こういうのはね、親の目線からすれば、いくつになっても変わらないものなのよ」


「まったく……かなわないなぁ、先生には」


 公の場とは違うフランクな様子のディノスに、僕は思わず笑みがこぼれる。

 どうやら、このナナミさんは魔族の人たちと良い関係を築けているらしい。二人の表情と少しの会話だけで、彼女の人徳の高さをうかがい知ることができた。


 そして──僕たち三人は色々な話題で盛り上がった。

 武術の話題はもちろんのこと、それぞれの故郷や、どうして魔王軍の領地で暮らすことになったかなど。

 ナナミさんは、貴族社会の権力闘争に疲れ果てて魔族の領土に流れ着いた……とディノスからは聞いていたけど、より正確には、他民族ということで差別され、それに嫌気がさして出奔したとのことだった。

 つまり、先のコウセイさんとずいぶん状況が似通っている。

 王都の人間の低劣さを改めて認識し、僕たちは三人同時にため息をついてしまった。


「なんだかなぁ……今も全然変わってないのね、あの国の人たちって……」


「そうか、先生は東方からの亡命者だったから……。奴ら、本当に排他的なんですね」


「最初は剣聖だのなんだのと、私のことを持ち上げてたんだけどね。だんだん本心を隠すのに疲れてきたのか、扱いがおざなりになってきて……。最後は開き直られて……って感じだったのよ」


(本当に、コウセイさんの状況とそっくりだなあ……)


「ところで、その勇者君も、ラテアちゃんと同じ出身なのよね? しかも、その国由来の武術を修めているんですって? 一度ここに呼んでみたらどうかしら。お互いに、いい刺激になるんじゃない?」


 なるほど確かに、この世界の剣術と、日本の武道、両者はともに学ぶところがあるかもしれない。


「わかりました。今度会った時に誘ってみます。多分、コウセイさんも来てくれると思います」


 けれど、僕がそうやって応諾すると、何故かディノスは無言で不満げに眉を寄せた。


「……あら、ディノス、どうかしたの? なんだか不服そうだけど」


 ふとディノスを見たナナミさんは、怪訝そうに彼へと尋ねる。


「い、いえ。勇者のヤツがここに来るっていうのは……ちょっと俺、どうかと思うので」


「ふぅん? 珍しいわね、あなたが嫌がるなんて。あなたは種族で人を差別することもないのに……よほどその勇者君と、馬が合わないのかしら」


 と、そこまで言って、ナナミさんはディノスの視線の先──何故か彼は僕の方をちらちらと見ていた──こちらに目を移す。


「あ……なるほど。そういうこと」


「え?」


「ふふ……まあ、頑張りなさい。それ(・・)も若いうちの特権だものね」


「って、せ、先生っ!」


「いいのいいの。私は口を出さないから、安心して励みなさいな」


 何故か赤面するディノスと、何かに気づいたようなナナミさん。

 僕は意味がわからず、首を傾げる。

 と──その時だった。


 ドンドンドン、ドンドン!


 突如、道場の扉が強く叩かれた。

 三人とも即座に警戒態勢を取り、ナナミさんが引き戸を開けると、飛び込んできたのはフェルミーのスケルトン。

 そのスケルトンは水晶玉を持っており、そこに映っているフェルミーは、僕とディノスを見て「やっと見つけたわ」と息を吐く。


 彼女は差し迫った様子で僕たちに言った。


「緊急事態よ、すぐに帰還して! ──魔王様が、倒れられたの!」



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