02.目覚めた時には、ファンシーな部屋
目が覚めた時、最初に視界に入ったのは見知らぬ天井だった。
「……えっ?」
思わず飛び起きて、周りを見回す。
ファンシーな部屋の内装。フリルやレースで可愛らしく飾り付けられたベッド。そこはどう見ても自分の部屋じゃなかった。
「な、何、ここ……」
どうなっているのか。昨日の晩は、確か十一時くらいには寝たはずだ。
道場の稽古が暑さもあってかなりキツくて、帰宅後はすぐに寝落ちしてしまった。それだけで、特におかしなこともなかったのに。
「……マジでどうなってるの」
と、つぶやいて、さらに違和感。
自分の声。やけに高い声だった。
もともと男にしては高音だったけど、それよりもさらに高い。
まるで女の子みたいだ。
そこでふと、部屋に置いてある姿見が目に入った。
「……ん?」
その縦長の鏡には、きわどい格好の少女が映っていた。
ボンデージ……っていうんだっけ、黒いエナメル素材っぽい、SMプレイで使うような服を着ている。
あちこちに黒いベルトが付いてるけど、肝心なところはビキニの水着みたいなデザインで、露出がかなり多い。
あと、下腹部にはハート形の刺青みたいな模様が描かれていて……。背中の腰のあたりから、コウモリみたいな羽根が生えていて。
(コスプレの人……?)
そう思って、体を傾けて彼女を見たら、その子も同じ角度で身体を傾けて自分を見た。
(えっ)
思わず眉を寄せると、彼女も同じように眉を寄せる。
(あ、あれっ?!)
もしやと思って右手を上げると、彼女も同じ方向の手を上げる。
(こ、これって、まさか──)
四つん這いで鏡に寄ると、その子もやはり同じように近づく。
つまり、鏡に映っていた女の子は、あろうことか自分の姿だった。
(って、いやいやいやいや、どういうこと!?)
これ自分の顔?! なんで女の子になってるの。
濃いめの紫色の髪、髪も長くなって、顔も結構、いや、かなり可愛い……のは、どうでもいいとして。
というか、胸がある。
自分の身体じゃない。
頑張ってほんの少しついたはずの筋肉もなくなっている。
完全に女性のものになっていた。
(だからなんで!? 何がどうなってるの!??!)
頬をつねって、耳を引っ張って、鼻をつまんでみる。
当然、何も起きない。
と、そこで頭上から無機質な女性の声。
「──お目覚めになられましたか」
「だ、誰っ!?」
天井を見上げると、そこにあったのは白い光の玉。
なんだかわからないけど、エネルギーの光源みたいなものが声を発していた。
「どうやら魂の定着は成功したようですね。ご気分はいかがですか」
「た……魂? あの、ど、どちらさまで──」
「私はゴーレムソウルのマリー。あなたの従者としてお仕えするよう、元の身体の持ち主のラテア様より申しつかっております」
「え、ど、どういうこと?」
その時は気が動転して、何を言われたのか理解できなかった。
ただ、わけがわからないながらも、僕は直感的に一つのことに思い至る。
これは……もしかして、アレだ。
異世界転生。
これまで読んだ漫画の中で、一回死んで、こんな感じで別の人間に生まれ変わるストーリーがいくつかあった。
まさかとは思うけど、それが自分にも起こったんじゃないだろうか。
「ぼ、僕、もしかして……転生したんですか」
「はい。より正確には、転生ではなく、憑依ですが。ご理解が早くて助かります」
……憑依?
「あの、でも僕、そもそも死んだ覚えないんですけど」
「いいえ、残念ながらお亡くなりになっています。あなた方の暦でいう20◇◇年▽月△日、観測史上最高気温の熱帯夜において、あなたの部屋のエアコンが故障して動かなくなり、あなたは眠ったまま熱中症となって、そのままご臨終になられました」
「えっ」
「どうやらその日は体の疲労もあって、目覚めることがかなわなかったようです。もともとお身体が強くないことに加え、普段以上に体力が落ちていたらしく、その時の肉体はかなり衰弱していたと……」
「そ、そんな……」
信じられない。
というか、覚えてなかった。
でも、確かにその日は稽古で相当疲れていたし、言われてみれば、寝ながら苦しかったような記憶がある。
ただ、それで目覚めないまま死んだなんていうのは……さすがに予想の範疇外だった。
「あなたの魂を繋ぎ止められたのは、ほとんど偶然でした。ラテア様が『魂の代替わり』を進められている時、ちょうどあなたの魂が天に昇っていくところだったのです。それを私が引き寄せて、最終的にこのお身体に入れさせていただきました」
「は……?」
何を言っているのか、やっぱりよくわからない。
魂の代替わりって何。
というか、よくある『偶然、異世界の人間に転生しました』じゃなくて、意図して転生させられたってこと……?
どうもそんな感じのことを言っているみたいだけど……なんでわざわざ僕の魂を。
「すみません。も、もうちょっと詳しく説明してもらってもいいですか」
僕がそう頼むと、数秒の沈黙の後、「失礼しました」という返答が返ってくる。
白い光の玉──マリーと名乗ったその声は、こちらの目線に降りて概要を語る。
意外と丁寧な人(?)だなと思った。
ただ、丁寧だったのは言葉遣いだけ。
次に伝えられた内容──マリーが僕に求めていることは、率直に言って「ふざけんな」と叫びたいものだった。
彼女は僕に淡々と告げる。
その内容に、僕は言葉を失った。
「あなたが現在入っているその肉体は、魔王軍四天王、サキュバスのラテア様のものです。ラテア様は諸事情あって、ご自身の魂を昇天なされました。──これからは、あなたがラテア様として、人間たちを誘惑していただくことになります」