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19.騒動も落ち着いた後で


「それで、結局……勇者と魔術師たちはどうなったのですか?」


「うん、まあ、彼らの魔王軍領への侵攻は、とりあえず止めになったよ。コウセイさん、王都の人間たちのために戦うことも、ちょっと考え直すって。しばらくは一人になって、今後どうするかを決めるんだってさ」


「……そうですか」


 村でのいざこざから数日後、僕は魔王城の自室でくつろぎながら、マリーに先の出来事の顚末(てんまつ)を話していた。


 結果として死傷者も出ず、勇者がこちらに攻め込んでくることもなくなり、魔王軍としては最良の形でカタがついたと言ってよかった。

 コウセイさんは日本人ということもあり、魔族に対して生来的な忌避感や恨みがあるわけでもない。

 むしろ、人間たちの方に不信感がつのったということもあり、これからはどこに属することもなく、自分で考えて行動するつもりだ、状況次第では、魔王軍につくこともあるかもしれない──別れ際、そう僕に語ってくれた。


「……僕たちに……味方してくれるんですか?」


「その可能性も、無きにしも非ずってところかな。君みたいな子が魔王軍にいるのならね。……まあ、だからといって、あっちの国の人間も、誰も信用しないってわけでもないんだけど。自分の目で見て、どんな奴かを見極めることが大事なんだと思う」


 彼のそんな言葉に、僕はちょっと感動してしまう。


 信頼していた人に裏切られる……自分だったらかなりへこんで引きずりそうな出来事だと思うけど、そんなふうに思考を切り替えられるのは、すごく大人だと思う。


 ちなみに、コウセイさんを監視していた魔術師たちは、目覚めた後に少しばかり脅しつけて、そのまま王都に帰らせた。コウセイさんが殺さないでやってほしいと僕たちに頼んだからだ。


「誘拐さながらに召喚されたとはいえ……食わせてもらった一応の恩義はあるんでね」


 僕自身も、無用な血が流れるのは見たくないので、そこは望むところだった。

 ありがたいことに、ディノスもその要望を受け入れてくれる。


「ラテアがそれでいいのなら……俺も別に構わない」


 ディノスはそう言った後、何故か僕をちらりと見てから、コウセイさんに向けて「お前に譲るつもりはないからな」と、よくわからない宣言をした。

 コウセイさんはそれを受けると、「その言葉、そっくり返すよ」と不敵に笑う。

 僕はそんな彼らを見て、この二人、似たもの同士で案外気が合うんじゃないかなあ、なんてことをぼんやりと思った。


 ──そして、騒動は終結し、僕たちは村を後にする。




「それにしても……同意もなく召喚したのに、それを隠していたなんて。まったく、人間はひどい種族ですね」


「あのね、マリー……同意もなく召喚すること自体、相当ひどいんだけど?」


「す、すみません」


 僕がジト目でそう言うと、マリーは声をうわずらせて謝った。

 ……まあ、僕の場合は、事故で死んだ後で魂を召喚されたわけだから、まだマシなのかもしれない。マリーはきちんと説明してくれたし。


「あとは……ディノスにも感謝かな。コウセイさんの件もだけど、僕が元人間だと知っても、変わらず好意的でいてくれたから」


 事が片付いた後、ディノスと約束した通り、彼には自分のことを打ち明けた。

 僕がこの世界の人間ではないことを。魂を召喚され、憑依させられたことを。そして、もとのラテアの魂は、もうこの身体にはいないことを。

 ディノスは驚いた様子で僕を見て、それから納得いったように「……だから最近のラテアは、ちょっと様子が違ってたんだな」とうなずく。

 それでもこちらに不信の目を向けることなく、「そういうことなら、改めてよろしくな」と、僕と握手を交わしてくれた。


「……ディノス様は、礼節を重んじる騎士でいらっしゃいますから」


「やっぱり、かっこいいよね。僕が女だったら、惚れてたかもしれないなあ」


「……」


「何、その沈黙は」


「……いえ、何でもありません」


 今の自分がサキュバスの身体だってことは、さすがに僕でもわかってる。

 今のは、「心が女だったら」って意味で言ったのだ。

 ちなみに、ディノスには僕の魂が男ということまでは教えていない。

 コウセイさんにも言わなかったし、もうここまで来たら、マリー以外には黙っておこうと考えていた。めんどくさいし。


「あ、そうだ。そういえば、ディノスのお師匠さんも人間なんだってさ」


「……そうなのですか? それは私、初めて聞きました」


 ディノスの先生……そのお師匠さんは、人間社会での権力闘争に疲れ果て、山の奥地で隠遁生活をしていたらしい。

 ひょんなことから魔族と仲良くなり、今は魔王軍領の端で剣術道場を開いているのだとか。


「……で、今度そのお師匠さんのところに連れて行ってもらうことになったんだけど……。正直言って、このサキュバスの格好で行くの、気が引けるんだよね。ねぇ、マリー、これ何とかならないかな」


 魔王軍は、明らかに人間じゃない風貌の人や、僕と同じくらいの露出度の人もいるので、この服もまだ自分の中で折り合いが付けられていた。

 でも、普通の人のところにこれを着て会いに行くのは、やっぱりかなり恥ずかしい。

 できればもう少しまともな服に着替えたいんだけど……。


(……いや、待てよ。そもそもディノスに僕の素性がばれて、それでも気にしないでいてくれるんだから、もうこの服を着続ける必要はないのか……?)


 サキュバスの魅了の力を底上げするために着ていたけど、僕の魂が人間でもいいなら、魅了の底上げをしなくてもいいわけで。


(うん、そうだよ。ディノスじゃなくても、フェルミーやロザリンドだって、そのことでとやかく言ったりしない気がする……多分)


「それでしたら、ちょうど良いタイミングでした。実を申しますと、すでにラテア様のために別の衣装を発注しておりまして」


「え……別の衣装?」


 マリーいわく、中にボンデージを着込まないでも魅了の力を維持できるよう、魅了のバフをかけた新衣装の製作を、城下の仕立て屋に頼んでいたのだという。


「その衣装は、人間の衣服と見た目は変わらないので、普段着としても着られると思います。むしろ『サキュバスらしくない』がコンセプトなので、今度のお出掛けにはぴったりかと」


「へえぇ……そうなの?」


「はい。露出度もそれほど高くなく、白地で清潔感あふれるお洋服です」


 おお……いいな、それ。

 というか、マリーも僕のために色々と考えてくれてたのか……。

 その心遣いが嬉しくて、胸の奥がじーんと熱くなる。


「……ありがとう。じゃあ、ディノスのお師匠さんのところに行く時は、その衣装を着させてもらおうかな」


「はい、それはぜひに」


 おそらくその新しい衣装は、潜入時の変装用のものだったりするのだろう。

 それでも、マリーがいていてくれて良かったと、僕は彼女の好意に感謝したのだった。


 ……ただ、実を言うと、彼女のチョイスが僕の認識とは、ある一点で大きくズレていたため、後で後悔するのだけど。



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