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18.仕組まれた異世界転移


 その魔術師は不快感を隠そうともせず、コウセイさんに言った。

 彼の態度はどこか横柄で、『勇者の仲間』と呼ぶにはやや語弊がある──男を見た時、僕はそんな感じの印象を抱いた。

 それは、他数名のそれ以外のパーティーメンバーたちも同じだった。

 彼らは一様に同じ魔術師のローブを身にまとい、コウセイさんではなく、その魔術師に付き従っているように見える。

 一方で、コウセイさんとは一定の距離を取り、彼をずっと見張っているような……。

 ……そう、言うなれば監視役だ。

 抱いた印象を言葉にするなら、その表現が一番合っているように思われた。

 

「待ってくれ、グラッカさん」


 コウセイさんは振り返り、魔術師のリーダー、グラッカという男に呼びかける。


「この女の子は、本当は魔族じゃなくて……いや、今は魔族らしいんだけど、魂は人間なんだ。俺と同郷の異世界人なんだよ。俺が説得するから、手を出さないでくれないか」


「なっ──」


 と、そこで驚いたように声を漏らしたのは、ディノス。


「魂は人間……。そ、そうなのか、ラテア……?」


「う、うん」


 嘘をつくのもどうかと思い、僕はうなずく。

 僕はその時、ディノスに失望されることを覚悟した。

 けれど、ディノスは戸惑いながらも少しだけ考える素振りを見せた後、「……わかった」と僕にうなずく。


「……ラテア。後で、ちゃんと説明──頼むからな」


 そして、そう言うと、迷いを吹っ切ったようにすがすがしい表情をこちらに見せてくれた。


「……ありがとう」


「──なるほど。魔王軍は、異世界人の魂だけを召喚したということか」


 一方、魔術師グラッカは僕を見て、どこか嘲るようにつぶやいた。


「だが、我らの敵であることには変わりはない。中の魂が何であろうと、魔族に(くみ)する者は滅ぼすのみだ」


 そして、言うや否や、男は手を前に突き出すと、いきなり火球を飛ばして攻撃してきた。


 ──ゴォッ!


「えっ──」


「待て、グラッカさん! やめるんだ!」


 コウセイさんが止めるのも聞かず、二発、三発と、火の玉が連続で繰り出される。

 その刹那、僕の前にディノスが割って入り、それらをすべて剣で斬り払って防ぐ。


「おい! 俺たちはともかく、後ろには村の人間もいるんだぞ! 何考えてるんだ!」


 ディノスが魔術師に対して怒りの声を上げる。

 しかし、魔術師グラッカは平然として「それがどうした」と僕たちに返した。


「何だと……?」


「言っただろう、魔族に与するなら滅ぼすのみだと。たとえ人間でも裏切り者のクズなど知ったことか。そもそもこいつらは外部の少数部族。我らとは比べるのもおこがましい下賤の者よ。少しぐらい減ったとて、何の問題がある?」


「……ほぅ、そうかい。勇者様ご一行ってのは、ずいぶんと高貴な身分なんだなぁ、えぇおい?」


 ディノスの言葉が荒っぽくなり、声に殺気がこもる。

 魔術師の言動はコウセイさんも賛同できないものだったらしく、彼はディノスに同調するように異議を唱えた。


「グラッカさん、こんなやり方は俺も納得がいかない。俺たちが戦うべきは……人間ではなく、魔王軍なんじゃないのか」


「甘ったれたことを言うな。我らに逆らう者はすべて敵だ。そして勇者よ、自分がこの場にいる意味を思い出せ。お前が力を得て、この世界に来た役目は何だ。勇者として我が物顔で振舞えるのも、すべて我らの国が拾い、保護してやったがゆえなのだぞ」


「いや、しかし……!」


(……そうか。この男たちは……)


 そこまでのやり取りを見て、僕は大方を理解した。

 この魔術師たち、王都を中心とした人間の勢力は──コウセイさんの後ろ盾となる代わりに、彼の勇者としての力を利用しているのだ。

 ただ、村人たちを手にかけることをいとわないどころか、それをコウセイさんに強いることすら何とも思っていない。

 容赦のないやり口。もしかしたら、魔王軍以上の悪辣さかもしれない。

 そして、今の男の言葉で、僕はあることに気付く。

 この魔術師の男……いや、こいつを擁する人間の国家は、コウセイさんに大きな嘘をついている。

 コウセイさんは、偶然この世界に転移したんじゃない。おそらくは、意図的にこいつらによって──


「……コウセイさん」


「ラテア」


「たとえ恩義があるとしても……やりたくないことを無理にする必要はないと思います。……というか、僕が口を挟むのもどうかと思ったんですが……多分、これ……僕の場合と同じで、あなたはこの世界に強制的に召喚されてるはずです。偶然ではなく、あなたは拉致されてここに来たんです」


「……えっ」


 驚くコウセイさん。それと同時に、グラッカをはじめとする魔術師たちの表情が変わった。「なぜわかったのか」とでも言いたげな表情に。


「ラ、ラテア。それはどうして──」


「どうしてそれがわかるのか……それは今さっき、あの魔術師は、僕を見てこう言ったからです。『魔王軍は、異世界人の魂だけを召喚したということか』って。この言葉……ともすれば普通のつぶやきのようにも思えますが、この状況なら次のようにしか聞こえないんですよ。『自分たちが行う召喚(・・・・・・・・・)とは違って(・・・・・)、魔王軍は魂だけを呼び寄せたのか』──と」


「……!」


 僕の説明に、コウセイさんはハッとなってグラッカを見る。

 魔術師グラッカは明らかにうろたえて、しかしそれを隠すように、僕に大声で言い返した。


「だ、だから何だというのだ! そんなもの、証拠でも何でもない、ただのお前の憶測だろうが!」


「それから、あの魔術師……勇者として戦う役目があるみたいなことを言ってましたけど、普通に考えて、見ず知らずの転移者にそんな重大な役目を負わせないと思うんです。だって、他民族である村の人たちを見下しているんですから。……でも、そういう名目で最初から利用するつもりで召喚したのなら、むしろしっくりくる」


「……!!」


「こっ……このガキ、余計なことを!」


 グラッカは忌々しげに僕をにらむ。

 

 こいつ、馬鹿だな、と僕は思った。

 その態度は、今の僕の予測が当たりだと言ってるようなものだ。

 こいつ自身の言う通り、それは確定的な証拠とはまだ言えない、半分くらいはカマをかけてみたという程度。

 なのにこれほどうろたえるのは、その予測が正解で、おそらくコウセイさんの力がそれだけ強大なものだからだ。


 多分、転移者はコウセイさんでなければならないわけではなく、異世界人なら誰でも良かったのだろう。

 こちらの世界にやって来た人間には、何らかの大きな力が付与されるんじゃないだろうか。

 だから、人間の国は転移者をそそのかして、こうして戦いの前線に立たせているのだ。

 使い捨てにもできて、ある意味一石二鳥なやり方ではあるけど……召喚された者からすれば、それはあんまりな処遇と言わざるを得ない。


(確証はないけど、勇者の『ジョブ』というのも……授かった異能を勝手にそう呼んでいるだけなんじゃないか……?)


「あぁ……そういうことかよ」


 額に手をやり、大きなため息をついた後、コウセイさんはゆっくりと魔術師たちへと向き合った。

 彼の瞳に浮かぶ感情の色は怒り。

 望んでもいないのに召喚され、しかもずっと騙されていたのだ、当然だろう。

 魔術師グラッカはそこでようやく自分の発言のまずさに気づいたらしく、「まっ、待て!」と後ずさった。


「我らに逆らえば、お前は王都での居場所を失うぞ! これまでのような生活は保障されなくなるのだ! それでもいいのか!」


「……言いたいことはそれだけか?」


 コウセイさんはそう問い返すと、一瞬にして魔術師たちのふところに飛び込む。

 瞬間、ドドドッと鈍い殴打の音が重なる。

 その数秒後、魔術師たちはほぼ同じタイミングでドサドサと地面に倒れ込んだ。


「……確かに、あんたらには世話になったからな。その分だけ、手加減してやった」


 うんざりした様子で、吐き捨てるように言うコウセイさん。

 手にした抜き身の剣には、血の一滴も付いていなかった。

 彼は剣の柄で魔術師たちの腹部を強打して、それだけで全員を制圧したのだった。



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