17.どういう乱戦状態?
漆黒の騎士──ディノスは、目にもとまらぬ勢いでコウセイさんに斬りかかった。
コウセイさんはそれを剣で受け、即座に切り返す。
ディノスが紙一重でかわし、返しの一太刀。
それらの攻防は、わずか一秒にも満たない間のこと。
その刹那、二人の間で赤い火花が弾けて散った。
「お前は、この間の……っ!」
コウセイさんはディノスの顔を見て、先日僕と一緒にいた男だと理解する。
視界を確保するためか、ディノスは兜を着けておらず、黒髪が彼の動きに連動して大きく跳ねた。
「ッ、やるな……っ。さすがは勇者といったところか」
ディノスは何度か剣閃をかわし、一度間合いを取って腰を落とした。
すると、両手で下段に構えた剣に黒いオーラがまとわりついていく。
その力の危険性を悟ったのか、コウセイさんも剣を構える。
上段で大きく振りかぶると、ディノスとは対照的に光の魔力が彼を包み、それは瞬く間に増幅していった。
「おおおおおっ──!」
「はあああぁッ──!」
「ま、待ったーっ!」
二人が黒と白のエネルギーをぶつけようとする瞬間、僕は思い切って両者の間に入った。
どちらも「「ラテア!?」」と驚いて、ギリギリのところで攻撃態勢が解除される。
けれど、目の前の相手に向ける眼光の鋭さは失わず、二人はほぼ同じタイミングで僕に訴えた。
「ラテア、退がっているんだ! この男は暗黒騎士の名にかけて、俺が倒してみせる!」
「ラテア、君がサキュバスだとしても……やっぱり俺は君と戦いたくない。……いや、そうだ、どうせなら魔王軍なんかやめて、俺のところに来ないか? こいつらは俺がやっつけるからさ!」
「ああ!? 何言ってるんだ、お前。ラテアが人間なんぞに降るわけないだろうが!」
「何だと? お前こそ、誰が誰を倒すって? だいたい、俺とラテアの関係も知らずに、知ったふうな口をきくな!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、二人とも!」
お互いに譲らず、一触即発の状態。
僕はもう一度声を上げて、二人を制した。
「ぼ、僕はディノスも、コウセイさんも……できることならどっちにも戦ってほしくないんです! お願いですから、二人とも……どうか、剣を収めてもらえませんか」
「けど、ラテア」
「……なぁ、ラテア、この人間と……どういう関係なんだ? お前たちって、この前会ったばかりじゃないのか」
「……えっと、ディノス。この人とは、前世で同郷だったというか……一応、まったくの他人ってわけじゃないんだ」
「前世で、同郷……?」
「う、うん。上手く言えなくてごめん。でも……後でちゃんと説明するから。それに、絶対に……魔王軍の皆を、裏切ったりはしないから」
「……わかった。お前がそう言うのなら」
ディノスは僕の言葉に口惜しそうに引き下がる。
けれど、そこでコウセイさんが得意げな表情を見せたため、彼は「いや、ちょっと待て」と思い留まって言った。
「……あのさ、ラテア。この前、俺のこと『かっこいい』って褒めてくれたよな? じゃ、じゃあ……この人間と、どっちがかっこいいと思う? それだけ、今ここで教えてくれないか」
「……はい?」
いきなりわけのわからないことを聞かれて、僕は目が点になる。
動向を見守っていた村の人たちも、あっけにとられて同じ表情になった。
一方、それを横で聞いていたコウセイさんは、身を乗り出すようにして僕に言う。
「そっ、それなら、俺の方がかっこいよな、ラテア! 前会った時、俺に『かっこいい』って言ってくれたわけだし!」
「えっ──えぇ!?」
「あぁ!? バカかお前? そんなの同郷のよしみの社交辞令だろうが! 俺にはな、そういう建前抜きでめちゃくちゃ褒めてくれたんだぞ!」
「そっちこそ、そんなこと知るか! お前、ラテアの趣味とか好きなものとか、何も知らないだろうが! 俺をかっこいいって言ってくれたのは、そういう──」
「知ってるわ、バーカ! ラテアが武術に興味があることくらい、俺だって教えてもらってんだよ! 武術の腕だって俺の方が上だ!」
「何だと、やるか!?」
「望むところだ!」
「だから二人とも待ってよ! っていうか、それって今聞くべきことなの!?」
「「ああ、大事なことだ!」」
「えええぇっ!?」
いや、おかしいよ!
どっちがかっこいいとか、そんなの二人ともこだわってなかったじゃない!
何でいきなりそんなこと言いだすのさ?
一向に引き下がろうとしないディノスとコウセイさん。
と、そこへ、五十代くらいの一人の男が口を挟んでくる。
丈の長い魔術師の装束を着たその男は、コウセイさんと一緒にいた、つまり勇者パーティーのメンバー。
彼は苛立った様子で、コウセイさんへと言葉を投げかけた。
「何をふざけておるのだ、勇者よ。お前のその光の魔力で、早く魔族どもを殲滅してしまえ」




