15.勇者様は同郷人
「男複数で女の子一人囲んで……傍から見たら結構ヤバい図だぞ、これ」
勇者と呼ばれた青年は、僕と男たちを交互に見て、あきれたように言った。
その青年は両者の間に入り、僕を守るように立ちふさがる。
僕の肩をつかんでいた男は、いつの間にか青年に手をひねりあげられていた。
「あっ、いえ、勇者様! 違うんです、これは! この女はおそらく魔王軍で……!」
「……そうなのか?」
男たちからの返答に、青年は僕へと振り返り、尋ねる。
ただ、その時僕はまったく別のことを考えていたので、彼の質問には答えず、思ったことを問い返してしまっていた。
「……勇者って……日本人だったの……?」
「えっ」
と、彼は声を漏らし、僕の顔を見る。
「……どうしてそれを」
「だって、今の『崩し』……合気道の肩取りからの崩し方ですよね? 今、相手の手を握ってるその持ち方も、『二教』だし……」
合気道。
つまり先刻、男に膝をつかせた制圧の技術は、伝統的な日本の武道の技の一つだった。
僕自身は経験はないけど、ネットの格闘技チャンネルで動画を見たことがある。
僕が通っていた道場でも似たような感じの技があるので、印象に残っていてよく覚えていた。
勇者は驚いた様子で、さらに僕へと尋ねる。
「まさか、君も……日本人なのか?」
僕がうなずくと、彼は「マジか」とつぶやく。そして、男たちに諭すように言った。
「あー……皆、大丈夫だ。この子は魔王軍なんかじゃない。どうやら俺と同郷らしい。この子のことは俺が引き受けるから……ここは退がってくれないか」
その言葉に、疑わしげに顔を見合わせる男たち。
けれど、勇者が異邦人──異世界人であることもあって、先の僕の挙動も、この世界に不慣れだったからという理由で納得してもらえた。
ややあって、他の人たちは解散し、その場を離れていく。
そして──僕と勇者は近くの広場のベンチに移動して、お互いの身の上を明かし合った。
「──俺の名前は、浦部鋼成。東京で大学生やってたんだけど、半年前、偶然この世界に転移してきたんだ。どういうわけか、転移時に『勇者』のジョブとかいうのを授かってさ、なんだか皆にめちゃめちゃ祭り上げられてるんだよな。……君は?」
「僕はラテア。ラテア・ペンデグラム。十六歳です」
ちなみに、十六歳というのは前世の僕の年齢で、ラテアの実年齢については知らない。だいたい同じくらいだとは思うけど。
「……それ、本名なのか? さっき日本人って言わなかったっけ?」
「転生したんです。この体も、もともと僕のものじゃなかったんですけど……。浦部さんは転生じゃなくて、転移なんですね」
「あ、コウセイでいいよ。名前の方で読んでくれれば。そうか、転生……基準がわからないけど、そういう人もいるのか……」
多分、転移の方が通常なんだろうと思う。
僕の転生──というか、魂の憑依は、意図的にそうさせられたから、なってしまったというだけで。
「ところで、ラテアも合気道やってたのか? いや、すごく嬉しいよ、話が通じる人がいて。この世界じゃ、全然そういう会話できなかったからさ」
「えっと、僕は……別の柔術の道場に通ってて、合気道は動画で見たくらいなんです。でも、格闘技は全般的に好きなので」
「へえ、それもいいな。女の子で格闘技好きってかなり珍しいのに、君のはガチっぽいし……。いや、マジでテンション上がるよ」
(魂は男なんだけどね……)
そう思いつつ、そこは恥ずかしいので黙っておくことにする。
「でも、すごいですね、さっきの。ああいう技って型稽古ならともかく、実際に相手を制するのは、かなり鍛錬が必要だと思うんですけど」
「まあ、この世界だと、否が応でも実戦経験を積むことになるからなあ。とはいえ、剣じゃなくて合気道は久しぶりで……実を言うと上手く極められるか、やる寸前まで全然自信なかったんだよ」
「そうなんですか? でも、誰も怪我させることなく、無事に場を収めて……まさに『制するための武』って感じで、かっこよかったですよ!」
「はは、あんまりおだてないでくれよ」
そんな感じで、僕と彼は、つかの間の故郷の会話を楽しむ。
コウセイさんは勇者ということで、この世界の人からは一目置かれているようだけど、ごく普通の青年のようだった。
同じ日本人ということもあるんだろうけど、出会ったばかりの僕にも、とても気さくに接してくれる。
そうしてしばらく会話に興じていると、ディノスが僕を迎えにやって来る。
広場の向こう側から来たディノスは、「そろそろ日も暮れるし、戻ろう」と僕に告げると、どこか剣呑な視線でコウセイさんを一瞥した。
「コウセイさん、今日はありがとうございました」
「俺も楽しかったよ。……ところで、そちらの人は彼氏さん?」
「いえ、仕事の同僚というか……。まあ、友達です」
僕の言葉に、何故かがっかりした顔になるディノス。
一方、コウセイさんは少しホッとした表情になって僕に言った。
「あのさ、ラテア。俺、あと何日かはこの街にいるつもりだから……良ければ、また会いに来てくれないかな」
「うーん……機会がありましたら。でも、ちょっと難しいと思います」
「そうか……残念だな」
そして帰り路、ディノスは心配した様子で僕に話しかける。
「……なぁ、ラテア。さっきの男が勇者なんだよな。サキュバスとしてあいつを堕とすのもいいかもしれないが……俺としては、あまり危険なことをお前にしてほしくないんだ。勇者と戦うのは……俺に任せてくれないか」
「……あ」
(そ……そうか、そういえばそうだった。しまったぁっ……!)
僕はディノスに言われてようやく思い出す。
──そう、実を言うと、魔王軍として勇者の情報を集める……それが本来の目的だったことを、すっかり忘れていた。
コウセイさんとの会話があまりに楽しくて。
同時に、勇者である彼を倒さなければならないということも、この時ようやく思い出したのだった。




