14.村の近況と人間の勇者様
村に向かう際、いつもはサキュバスの羽根で空を飛んでいくのだけど、今回はディノスといっしょなので徒歩になった。
その道のりで、僕は彼と他愛のない世間話をする。
魔王軍といっても、常時殺伐としてるわけではなく、素の生活は人間とあまり変わらない。
ディノスも、鎧を脱げば普通の青年という感じで、僕のおしゃべりに快く付き合ってくれた。
「へえー、じゃあ、ディノスは闇魔法の力を剣術に取り入れて、四天王まで成り上がったんだ。すごいねぇ」
「ああ。けど、俺一人の力だけじゃないぞ。俺には師匠がいてな。二十年ほど前に魔王軍領に流れ着いた人なんだが……。剣については、その人から色々と教わったんだ」
「ふーん、剣の師匠……」
「本人は徒手格闘の方が専門らしいんだがな。そもそも格闘技は戦場で発展したものだから、剣を持つことがすべての前提としてあるらしい。だから、自ずと剣にも精通してしまうんだそうだ」
「あ、その理論ってどこかで聞いたことあるかも。いいなあ……僕も一度、稽古をつけてもらいたいなあ。ねぇ、そのお師匠さんに今度会わせてくれない?」
「……ラテア、お前……武術に興味があるのか? 正直それは、すごく……意外なんだが」
「うん、そうだよ」と、ためらうことなく僕は首肯する。
だって、僕はもともと強い男になりたかったんだから。
こんなふうに武術の話題で盛り上がれるのも、むしろすごく嬉しかったりする。
ディノスもこういう会話は嫌ではないようで、二つ返事で応諾してくれた。
「わかった。じゃあ、師匠に一度聞いてみるよ。多分、許してくれると思う」
「ほんと? やった、ありがとう!」
僕が歩きながらぴょんと跳ねると、ディノスは小声でぼそりと「……可愛いな」とつぶやいた。
◇
それから僕たちは村に到着し、村長さんたちとの打ち合わせを開始する。
ディノスの外見が人間とほとんど変わらないこともあって、特に問題なく皆が彼を受け入れてくれた。
なお、件の勇者は仲間とともに、すでに付近の街まで来ているらしい。
おそらく近日中にどれかの村を通り、魔王軍領に入る見込みとのこと。……対決の日は間近だ。
「あの、村の皆さんは無理しないで下さいね。直接戦うのは僕たちがやりますから」
「わかってますよ。せっかくラテアさんが助けて下さった命なんですから、無茶なことはしません」
リックさんはそう言った後、「魔王軍のおかげで、食べていく目途も立ったことですしね」と、窓の外を見る。
そこには柵に覆われたいくつもの畑が広がっていた。
実を言うと、この村のようなやせた土壌でも育つ作物が魔王軍にはいくつかあり、僕は先立ってその作物の種芋や種子を各々の村に配っていた。
それらは魔王軍産のジャガイモのようなもの……と言えばわかりやすいだろうか。
貧しい村とはいえ、ずっと魔王軍からの食料で賄うわけにもいかない。
僕やフェルミーのお菓子にする魔法にも限界があるし、何よりそれだと栄養も足りないだろう。
そこで、何か良い案はないかとマリーに相談したところ、いくつかの作物を自給自足用に育ててはどうかと教えてもらったのだ。
(横暴な領主もいなくなって、自由になったんだし……。どうにかして、平和な暮らしを続けさせてあげたいよね)
いつのまにか村人たちに感情移入して、目的と手段が逆転してしまっている気もしないではない。
でも、幸せになってほしいというのは、まごうことなき僕の本心なのだった。
そして、僕とディノスはそのまま勇者が逗留しているという近隣の街に向かう。
彼の情報を収集し、少しでも勝率を上げるためだ。
人間の格好をしているので、こっちの正体はバレないはず。ディノスも外套のフードをかぶって、尖った耳を隠している。
街の入り口で彼と別れて、お互いに単独行動を取ることにする。
ただ、思った以上に人間たちは魔王軍を警戒していたらしく、僕はすぐに不審者として、街の人たちに捕まってしまった。
「あ、あのー……僕、怪しい者じゃないですよー……ただの村娘です……。ゆ、勇者様がこの街に来ているって聞いて、一目お会いしたいと思っただけで……」
「しらばっくれるな。屋台の串焼きに金貨で払おうとする村娘がどこにいる。金の使い方も知らん女が、執拗に勇者様のことだけを聞いてまわるなど……魔族の変化でもなければ話が通るものか」
(げっ、疑いを持たれたのって、そこから……!? でも、魔族関係なくこっちの貨幣事情とか知らないんだから、しょうがないじゃない……!)
僕は街に入ってから、腹ごしらえのため屋台でいくつかの食べ物を買っていた。この世界に転生してから大きめの街に来るのは初めてで、確かにテンションが上がって油断していたけど……まさかそんなことで魔王軍と思われたなんて。
「ちょ、ちょっと待っ──」
「大人しくしろ!」
男たちは僕が後ずさると距離を詰めてくる。
逃げようとしても肩口をつかまれてしまい、強い力で引き寄せられそうになる。
しかしその時、横方向から別の手が伸びてきて、男の肘の内側をトンと叩いた。
その軽い殴打で、僕をつかんだ男はいとも簡単に膝をつく。
「うぉっ!?」
「──おい、寄ってたかって女の子を囲んで、何やってるんだ、あんたら?」
そこに現れたのは、ニ十歳くらいの青年。
茶色い短髪で、背は高く、物怖じせずにこちらに割り込んでくる。
僕を取り囲んだ男の一人が、彼を見て驚いた顔で言った。
「勇者様」と。




