12.悪逆侯爵を追い払え
先の騒動で、魔王軍の軍門に降った村は三つ。
カーティスさんが治める最初の村、そこから南にある同じ部族の村、それからリックさんが治める南東の村だ。
その後、それらの村に加えて、リックさんやカーティスさんの説得で、国境沿いの村はすべてこちら側についてくれることになった。
どの村も困窮し、領主の横暴に苦しめられていたため、寝返りはむしろ渡りに船だったらしい。
驚くほどスムーズに、皆が魔王軍へと帰順してくれた。
ただ、その地を治めていた領主──侯爵が、寝返りを許すはずはない。
何もしなければ制裁は必至。村人を守るために、魔王軍の名で声明文でも出すべきかと考えていたところ、フェルミーがやって来て「すでに檄文を送り付けたから」と僕に言った。
「こ、行動が早いね、フェルミー……って、檄文?」
「そう。単なる声明文じゃなくて、侯爵の無能さを嘲る挑発文よ。多分、これで何らかのアクションが起こると思うから、対応よろしくね」
「え、いや、困るよ! 侯爵が怒って、部下を攻め込ませてきたらどうするのさ!」
「うん、だからそれを狙ってるのよ。護衛として、それぞれの村にスケルトン兵を常駐させておくから、そこは安心してくれていいわ」
「あ、まあ、それなら……」
どうやら何か考えがあるらしい、詳しくは教えてくれなかったけど、色々と配慮はしてくれているようなので、僕は彼女に従うことにする。
ちなみに、国境沿いの村々の支配権は、フェルミーはいらないと言ってきたので、僕の領地ということになった。
とはいえ、アンデッドになった人の補修は彼女でないとできないため、今後も定期的に村には顔を出してくれるらしい。
なんだかんだで優しいんだなと思う。
──そんなことがあって数日後。
「守ってやった恩も忘れ、魔族に魂を売った裏切り者が! 貴様ら全員根絶やしにしてくれるわ!」
なんと、粛清のため、侯爵が直々に最寄りの村へと乗り込んで来た。配下の騎士たちを伴って。
そこはリックさんが治める南東の村。バリケードがそのままになっている村の入り口で、侯爵は馬上から僕らに怒声を浴びせてくる。
(念のため、魔王城に帰らずに村で寝泊りしてて良かった……。でも、侯爵本人がわざわざ来るなんて、フェルミーってば、どんなヤバい挑発文を送ったのさ!?)
あるいは、目の前の男が単なる考え無しなのか。
「……ん? なんだ、そこの小娘は。品性のかけらもない服を着おってからに。さてはお前が魔王軍の尖兵だな?」
品性のかけらもない服。……まあ、そうなんだけど、改めて言われると腹立つな。
「……『すべてお菓子に変わりなさい』」
罵倒を無視して、僕は彼と配下の騎士たちに魔法を放つ。
魔力の光が敵を包み込むと、彼らの衣服や武器、持っていた装備のすべてが、形状はそのままに、一瞬でチョコレートへと変貌した。
「『熱風よ』!」
続いて、熱風魔法を発動させる。
やけどしない程度の温風。それによって、チョコレートはどろどろに溶けてゆく。
「なっ、何だこれは!? どうなっている!?」
「お察しの通り、僕は魔王軍の者だけど、どうします? この状態でまだ戦うっていうんなら……お相手しますが」
両手を肩の高さに上げ、怪獣が威嚇するポーズを取りつつ言うと、侯爵は歯噛みして後ずさる。
「ぐっ……お、おのれ! 覚えておけよ!」
馬につないだ手綱や鞍までもチョコになってしまったため、彼とその部下たちは自らの足で走って退却せざるを得なかった。……全裸で。
「……あ、しまった。追い払うんじゃなくて、捕らえた方が良かったのかな」
ちなみに、お菓子になる呪文以外にも、基礎的な魔法をいくつかフェルミーから教えてもらっていた。
さすがは魔王軍四天王の身体というべきで、このラテアの肉体は、呪文を唱えるだけで簡単に魔法を扱うことができるらしい。
威力も精度もかなりのもの。結果的に、スケルトンの助勢も不要だった。
「ありがとうございます。ラテアさんがいてくれて……良かったです」
侯爵たちを撃退してバリケードの内側に戻ると、リックさんが安堵した様子で感謝の言葉をかけてくれた。
──そして。
「お疲れ、ラテア。檄文が効きすぎたのか、侯爵はそっちに行ったみたいね。大丈夫だった?」
「うん。フェルミーが教えてくれた呪文のおかげで、僕だけで撃退できたよ。……フェルミーはどこ行ってたの?」
「うっふふー、実はねぇ……」
と、彼女はふところから通信用の水晶玉を取り出して、僕に見せる。
「……大きなお屋敷に、フェルミーのスケルトン兵がたくさんいるみたいだけど……何これ?」
「侯爵の屋敷よ。乗っ取って、私の別荘にさせてもらったの」
水晶玉に映っていた景色、それは先の侯爵が先日まで住んでいた邸宅だった。
フェルミーは侯爵が村に乗り込んできた日、隙を突いてその屋敷を押さえてしまったそうだ。
本来は、屋敷の警備が手薄になったところを襲う目論見だったらしい。
だけど、間抜けなことに侯爵本人と彼の主勢力が出て行ったため、ほとんど無抵抗で落とせてしまったとのことだった。
「この屋敷、図書館や植物園、工房にできそうな別棟もあるから、研究用の別荘として最適なのよ。村はあんたにあげたんだから、こっちは私のものにさせてもらうわよ?」
……なるほど、村を譲ってくれたのは、この屋敷が欲しかったからか。
(ちゃっかりしてるなあ……)
そんなフェルミーのしたたかさに、僕はむしろ感心してしまい、苦笑しつつも了承する。
なお、侯爵や配下の者たちがあの後どうなったかは不明らしい。
悪ければどこかで野垂れ死に。あるいは運良く王都の人間に助けられているかもしれないけど、それでもいい恥さらしであることには違いなかった。
そこからさらに三日後。
「──さしたる損害もなく、国境の村々を魔王軍に寝返らせたそうだな。フェルミー、ラテアよ、大儀であったぞ」
「「ありがとうございます」」
報告のために登城した、魔王城中央塔の謁見の間で。
僕たちは魔王様にお褒めの言葉をいただいていた。
「さて、これで勇者を迎え撃つ準備が整ったわけだが……各々の村はいずれもラテアの管轄になったと聞く。であれば、勇者に対処する任務も、ラテアに一任したいと思う」
「え」
確かに、普通に考えれば、新たな統治者である僕が勇者を食い止めるのが順当なのだと思う。
けど、てっきりこれで任務は終わりだと思っていたので、その時の僕は間抜けな声を漏らすことしかできなかった。
「そんなの聞いてないよ」と思ってフェルミーを見ると、彼女もそこまでは考えていなかったようで、ごめんと手を合わせながら僕の方を見る。
(ああぁっ……しまったぁっ……!)
とはいえ、魔王様の命令を断るわけにもいかず、結局、僕は勇者に当たらなければならなくなったのだった。




