11.死霊術の平和的な使い方
「あっ」と、フェルミーが声を漏らした。
自分で言った言葉に、自分でも驚いたように。
村の皆も、僕も思わず振り返り、一瞬辺りが静まりかえる。
その様子は演技には見えない。食べ続けたら死んでしまう、だから彼らの行為を止める。
どういうことかわからないけど、彼女の言動は本心からのもののようだった。
「食べたら死ぬって……お菓子に毒でも入ってるの?」
「アホかっ!」
僕が尋ねると、フェルミーは怒ったようにこちらの頭を叩く。
「餓えてる人間がいきなりこんな重いもの食べたら、体がびっくりして死んじゃうのよ! こんなの、兵糧攻めの際の常識よ!」
安易な考えで食事を与えるなと、彼女は僕を叱りつける。なるほどそうなのかと思うけれど、それなら……と、同時に一つの疑問が浮かぶ。
「あの、フェルミー……君にとって、村人は死なない方がいいの? 彼らを殺しに来たんじゃ……」
「う」
目的に反する行いをした自覚はあるようで、彼女はバツの悪い表情になる。
そこで、最初の村の村長さんが訝りながら僕に尋ねた。
「ラテア君……その魔王軍の女性と、知り合いなのかね? 君は、一体……」
「……あ」
「……あんたもバカね」
フェルミーはあきれたようにつぶやく。
しまったと僕も言葉を詰まらせた。
とはいえ、これ以上隠し通せる気もしない。僕はもう仕方がないと開き直り、村長さんたちへと向き直る。このまま正体を明かしてしまうことにした。
──バササッ!
「ば、バレてしまってはしょうがない! 僕は魔王軍四天王の一人、サキュバスのラテア! 今までのことは、すべてお前たちを寝返らせるための茶番、マッチポンプだったのだー!」
ははははと高笑いしながら服を脱ぎ去り、サキュバスのボンデージ衣装を見せつける。
皆、あっけにとられて声も出ない。
「何やってんのあんた……。ていうか、マッチポンプって何よ」
あ、この世界では、その単語は通じないのか。
「え、えーとね、マッチポンプっていうのは、自作自演っていうか……。と、とにかく! こうなってはもうお前たちは降伏か死か、その二つしか道はないのだー! 死にたくなければ、さっさと僕の配下になれー!」
演技がド下手で棒読みなのが自分でも嫌になる。
ともあれ、ここまで来たらもうヤケクソだった。
こんな状況で魔王軍に降ってくれるとも思えない。フェルミーが、村人たちを僕に譲ってくれるかどうかも。
それでも、何もしないわけにもいかず、僕は恥も外聞もかなぐり捨てて、彼らに向かって叫んでいた。
「……私は、それでもかまわないが」
最初の村の村長さんがボソリとつぶやく。
僕は思わず「えっ?」と聞き返した。
「なっ、何が」
「君が魔王軍の偉いさんで、投降を勧めてくれるなら……私はそれでもかまわない。むしろ、我々を助けてくれるのなら……ぜひお願いしたいくらいなんだが」
「え、ええぇっ!?」
「いや、何驚いてんのよ。今あんたがそうしろって言ったんじゃない」
と、ツッコミを入れるフェルミー。
「で、でも、今までのことは自作自演で──」
「本当に……そうなのかね? 少なくとも君の言動は、嘘をついているようにはとても思えなかったが」
「えっ」
「そちらの事情は知らないが、君は真剣に我々のことを案じてくれているのだと思ったよ。だから、君が持って来てくれた食料も、ありがたくいただいたんだ」
「それに」と、彼は言葉を区切り、どこか自嘲したような表情で言う。
「それに……このまま放っておいても、我々はどうせ餓死するしかないんだ。たとえ魔王軍でも、生かしてくれるのなら喜んで従うよ」
その言葉に、他の村人たちも皆一様に首肯する。
驚くべきことに、彼らが僕を見る視線は、人を信頼するときのそれだった。
僕は逆に固まってしまう。本当に……こんなめちゃくちゃな説得で、こちらに降ってくれるっていうの?
「……やられたわね」
フェルミーがフッと小さく笑う。
彼女は、投げやりな様子で僕に言った。
「わざわざ投降してくれる人間たちを殺すわけにもいかないものね。あーあ、しょうがない。この勝負、私の負けだわ」
「あ、あの、死霊術士……さん」
と、そこで南東の村の若い村長さん──リックさんが、フェルミーに声をかける。
「俺はそっちのサキュバスの子じゃなくて……あなたの配下になってもかまわない。あなたがアンデッドを集めているのなら……俺を、アンデッドにしてくれても」
「「──え」」
その言葉に、僕もフェルミーも耳を疑う。
「ど……どうして」
「俺の親父に……もう一度会わせてくれたから。今の親父は、生き返ったわけじゃなくて、アンデッド………なんですよね? でも、俺にはそれで十分なんだ。それに、親父と同じになれるなら……それもいいかなって」
リックさんは、どこか清々しささえある表情でそう言った。
「なっ、何言ってるの! ダメよ、それは!」
フェルミーは慌てて彼を止める。
「せっかく生きてるんだから、死ぬことなんてないのよ! アンデッドだって永久に活動できるわけじゃないんだから! もっと自分の命を大切になさい!」
その返答に驚いた顔になるリックさん。
けれど、彼も他の人も、すぐに安らかな表情に変わった。
何故なら、フェルミーが本心からそう言っていることがわかったからだ。
「──やっぱり、それがフェルミーの本音なんだね」
僕が言うと、フェルミーは「うっ」と言葉に詰まる。彼女はあきらめた顔になり、観念した様子でうなずいた。
「……ええ、そうよ。私だって殺さずに済むならそうしたい。前にも同じこと言ったでしょう?」
「うん。良かった」
「良かないわよ! 人間たちの前でこんなこと言わせてっ……~~っ、ああ、もう!」
ダンと地面を強く蹴るフェルミー。彼女はぐいと顔を上げ、皆に向かって一喝した。
「聞きなさい、人間たち! あんたたちの命と身体は、我ら魔王軍が預かるわ! 生者の命は、こっちのラテアが。死者の身体は、私フェルミーが! あんたたちは死ぬまでラテアに尽くし、死んだ後は私に尽くしなさい! アンデッドになるのは、キリキリ働いて死んでからのことよ!」
いかにも魔族然とした命令。けれど、その言葉はつまるところ、「むやみに人を殺さない」という宣言だった。
そして、彼女は続けてこう言った。「アンデッドになった後も、みっちり修繕して使い尽くしてやる。戦いなんかで損壊させない。そんなことで、すぐに開放してやらないんだから」と。
要するに、それは遺体の保全もちゃんとやって、戦争にも加わらせないということだ。
「……ありがとう」
リックさんは、感極まった表情を隠すように顔を伏せる。
最初の村の村長さん──名前は、カーティスさんというらしい。彼はリックさんの肩に手を置いて労わった後、村人たちに振り向いて、大きな声で同意を求めた。
「よし、みんな! 今日から俺たちは魔王軍だ! 別にそれでかまわないよな!?」
その言葉に、村人たちは晴れやかな表情で「おお」と声を上げる。死んでアンデッドになった者も含めて、全員が。
カーティスさんはそれを確認すると、再び振り返って僕とフェルミーにうなずく。
僕が微笑みでそれに応じ、フェルミーが「ん、よろしい」と受け入れると、今までで一番大きな歓声が、わっと村全体を包み込んだ。
「……おお、すごい……」
たった三つの小村の集まりなのに、それはもっとずっと大きな塊のようで。
「はー、まったく……なんでこうなっちゃったのかしらね……」
フェルミーは、そんな村人たち──死者と喜び合う彼らを目にすると、うざったそうな口調で、けれどどこか安堵したように息を吐いた。
その言い方が、どこか可愛らしくて。僕はふと、思ったままを彼女に尋ねてみた。
「……ねぇ、フェルミー。これって……死霊術の平和的な使い方って言っても、いいんじゃないかな?」
「……バカね」
僕の言葉に、フェルミーは照れたように顔をそらす。
──こうして僕たちは、誰も傷つけることなく、国境の村を味方につけることに成功したのだった。




