第08話 プレゼント
「しずく、この前、初級に昇格して頑張ったから、プレゼントだよ。」
ゆうくんが机の上に置いたのは、スリムで丸みのある円柱型の水筒だった。
細めのデザインで、しずくの手にも馴染む持ちやすい形。
透明なボトルの中には、乳白色の薄いピンクの液体——いちご牛乳 がすでに入っている。
水滴のモチーフが細かくあしらわれていて、どこか可愛らしい。
「かわいい水筒だね。本当に良いの?」
しずくは指でボトルの表面をなぞりながら、嬉しそうに問いかける。
「うん。すごくしずくは頑張ってるからね。これでいつでもどこでも、飲みたい時にいちご牛乳が飲めるよ。」
「ええ、そんなにいちご牛乳が飲みたい時ってないよ。しかも、最近は毎日飲んでるから、大丈夫だよ。」
しずくはくすっと笑いながら言ったが、ゆうくんはニコリと微笑んで——。
「せっかくだし、明日はこれを学校に持っていって、教室で全部飲んできてね。」
「——ええっ!?」
学校で飲むの……?
思わず驚いたが、ゆうくんからのプレゼントだということもあり、嬉しさと戸惑いが入り混じったまま帰宅した。
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翌朝、冷静になって気づく問題点
朝、カバンに入れた水筒を眺めながら、しずくはふと考える。
(待って……これ、学校で飲むのって、結構問題あるかも。)
1. 透明の容器 だから、中身が丸見え。誰かに見られたら困る。
2. キャップを開けたら、あの強烈な匂いが広がる。周りに気づかれる可能性大。
3. 「何飲んでるの?」 って聞かれたら、どう答えればいいのかわからない。
4. 男の子からもらったもの というのが、なんだか恥ずかしい。
5. 何より……ゆうくんと私は同じクラスだから、飲まないわけにはいかない。
「うぅ……ゆうくんは、なんでこんな恥ずかしいことを……。」
でも、いちご牛乳を飲むのは別におかしいことではない。
ただ単に 自分が意識しすぎているだけ な気もする。
(堂々としていれば、何も思われない……かも?)
しずくは自分に言い聞かせながら、水筒をカバンにしまった。
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1時間目と2時間目の間
休み時間。
しずくは机の陰にそっと隠れながら、水筒を取り出した。
周りはおしゃべりに夢中になっていて、今なら誰にも気づかれずに飲める……かも。
「……ちょっとだけ飲もう。」
キャップを開けた瞬間——
ふわっ……と広がる、いちご牛乳の独特な香り。
「うっ……!」
しずくは思わず固まった。
(ちょ、ちょっと匂い強いかも……!)
慌ててキャップを閉め、キョロキョロと周囲を確認。
(……だ、大丈夫。次の休み時間にもう一回挑戦しよう。)
結局、しずくはいちご牛乳を一口も飲めないまま、次の授業へ。
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お昼休み
(ど、どうしよう……お昼ご飯の時に飲むしかないよね……。)
しずくはそわそわしながらカバンの中の水筒を確認する。
キャップを開け、コップに注ぎ——ごくん、と飲む。
その瞬間、視線を感じて顔を上げると——
「っ……!!」
ゆうくんが、じっとこちらを見ていた。
顔が一瞬で真っ赤になる。
心臓がドキドキして、急に胸が締め付けられるような感覚に襲われた。
でも、昔から——
ゆうくんが見守っていると、不思議と安心する。
学校ではあまり話さないけれど、家では一緒にいる。
クラスの中では不干渉だけど、いちご牛乳を通じてつながっている。
そんな距離感が心地よいのか、
それとも——
「……もう、考えてもわかんないよ。」
しずくはゆうくんから目をそらし、そっとコップを口元に運んだ。
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「しずくー、何飲んでんのー?」
「……っ!?」
親友・あいりの声に驚き、しずくは いちご牛乳を吹き出しそうになったが、必死で飲み込む。
そして、水筒のキャップをすばやく閉める。
(ああ、もう……焦った!)
いちご牛乳の後は 口の中に異臭が残る。
喋ると バレる。
しずくは口元を隠しつつ、下向きに喋る。
「んー、言いにくいんだけど、特製ドリンクだよ。」
「えー、特製のドリンク?だからこんな変なにおいしてんの?」
(やばい……バレる!?)
「うん、ちょっと変わった味と匂いなんだ。」
そう言って、にっこりと笑う。
「でも、その水筒いいね。でも、中身はなんか珍しい色してるね。」
「あ、うん、ちょっと……色々な成分が入っててね。」
(あいりには内緒にしておかないと……!)
「ねえ、しずく、それちょっと気になるなぁ。変わった味って言ってたけど、ちょっとだけ味見させてよ!」
(ダメだ……どうしよう!?)
しずくは焦りながら、なんとかごまかそうと、ぎこちなく笑う。
「実はこれもらったものなんだ。だから、その人の気持ちを考えたら、誰かにあげちゃうのはちがうかなって。あはは。変なこと言ってごめんね。」
あいりは一瞬驚いたが、納得したように微笑む。
「もらったものなんだ。うーん、ならその気持ちは、わかるかな! ごめんね。無理を言っちゃって。」
しずくは心の中で (……セーフ!!) と思いながら、
再び こそこそといちご牛乳を飲み始めるのだった。