第06話 それだけの為
——350ミリリットル。
昨日より増えた量。
それだけじゃない。
「……ゼリー、多くない?」
しずくは、グラスの中をじっと見つめた。
いちご牛乳の中に浮かぶゼリーの塊は、以前の1.5センチを超え、今日は2センチ近くになっている。
小さな違いに見えるかもしれない。
でも、しずくにはわかる。
この1センチの違いが、どれほど大きな壁になるのか。
液体の中に散らばっていたはずのゼリーが、今日はほぼ固まりになって沈んでいる。
これは飲む、というより、食べるに近い気がする。
「……これは、かなりキツイかも。」
---
しずくは、グラスをゆっくりと手に取り、覚悟を決めた。
一口目を口に含む。
その瞬間、ゼリーが舌の上でぶつかり合い、いつもよりも強い粘り気を感じた。
「んっ……」
喉に絡みつく感覚。
飲み込もうとすると、ゼリーの塊が喉にまとわりつき、じわじわと引っかかる。
(……苦しい……!)
一瞬、身体が飲み込むことを拒否しようとする。
けれど、しずくは喉を押し開くようにして、それを無理やり流し込んだ。
「んんっ……ぐっ……」
ゼリーが喉を通るたびに、胃が重たくなる。
それなのに、口の中にはまだ残っている。
——息が詰まりそうになる。
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「……これは……飲めない。」
しずくは息を切らしながら、攻略法を考え始めた。
今までは、**“出されたものを頑張って飲む”**だけだった。
でも、今回は違う。
このままでは、飲み切れない。
(飲み方を変えなきゃ……!)
(昨日はとにかく飲むしかなかった。でも、今日は違う。)
(飲み方を工夫すれば、少しでも楽に飲めるかもしれない。)
(——できるだけ苦しまない方法を探さなきゃ。)
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——挑戦1:ゼリーを噛む。
「……噛めば、小さくなって飲みやすくなるかも。」
そう思い、ゼリーを噛み潰した。
ぷちゅっ——。
瞬間、ゼリーの内部から、強烈な苦みとえぐみが弾ける。
「んっ……うぅ……っ!」
口の中いっぱいに広がる濃縮された味。
ゼリーの粘りが舌にまとわりつき、飲み込もうとすると、喉に糸を引く。
(ダメ……噛んだら、逆に広がる……!)
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——挑戦2:ゼリーと液体を分けて飲む。
「じゃあ……先に液体を飲んで、喉を潤してからゼリーを流し込もう。」
まずは、液体部分を口に含む。
とろりとした感触が舌に広がる。
そして、次に——ゼリーを口に運ぶ。
(いける……今度は、飲みやすく……)
そう思った矢先、
——喉の奥でゼリーが絡まり、張り付いた。
「んっ……!?」
飲み込もうとすればするほど、喉にねばりつく。
胃に落ちるまで、ゼリーが喉にしがみつく感覚。
「……やっぱり、分けても無理かも……。」
しずくは、軽く唇を噛む。
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(じゃあ……結局……)
しずくは、ゆっくりと息を整えた。
(……普通に飲むのが、一番なのかな。)
最初に戻る。
最初に考えていた通り、「口を離さず、グラスを一気に傾ける」。
気持ちを固め、しずくはグラスを握りしめた。
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「……いくよ。」
——ごくっ、
——ごくっ、
喉を押し開くように、強制的にゼリーごと流し込む。
(吐き気が来ても関係ない……!)
目をつぶり、ただただ飲み込むことだけを考える。
——ごくん。
最後の一滴が、しずくの喉を通り、胃へと落ちた。
---
「はぁ……はぁ……」
しずくは、荒い呼吸のまま、グラスをテーブルに置く。
「全部……飲んだ……」
口の中には、まだ粘り気が残っている。
喉の奥から、こみ上げる違和感。
「う……っ……」
次の瞬間——
——「げっ……ぷ。」
不意に、ゲップが漏れた。
(……あ……!)
とっさに口元を押さえる。
顔が、一気に赤くなった。
「……っ、やだ……!」
---
「ははっ。」
ゆうくんの笑い声が聞こえる。
「しずく、大丈夫だよ。そんなの、気にしなくていいって。」
「で、でも……!」
しずくは、恥ずかしさに耐えきれず、俯いた。
(……最低だ……せっかく、頑張ったのに……!)
そんな気持ちが溢れそうになったとき——
「しずく、よく頑張ったね。」
ゆうくんが、優しく言った。
「ほんと、すごいよ。全部飲めたじゃん。」
その言葉に、しずくの肩から、少しだけ力が抜ける。
「……うん。」
ゆうくんは、にっこりと微笑んだ。
その笑顔を見た瞬間、
(……あぁ、そうか。)
——私は、この笑顔が見たかったんだ。
それだけのために、今日も、頑張ったんだ。