第43話 しずくの夢
「えー、愛理、髪切っちゃったの?」
「うーん、ベタなんだけど、そりゃ失恋したからさぁ。やっぱ、気分変えないとさ。」
愛理は、耳までのショートカットにした髪を振りながら、にっこりと笑う。彼女の笑顔を見て、しずくは心の中で思う。愛理らしいな、どんな時でも明るく元気にいるから、周りも元気になる。
「でも、ショートの愛理、とても可愛いよ。」
それが魅力を引き立てている気がした。愛理はどこかほっとするような、可愛らしさを持っているから。
周りの女の子たちが「ええ、どうしたのー。」って、キャーキャーワーワーと、聞いてくる。
愛理は、あっけらかんと「私、失恋しちゃってさぁ。」なんて軽く言って、またみんなの中心になっている。
「ええ、誰と?」と、女子たちの話題はどんどん盛り上がっていく。愛理の周りに集まる笑い声に、しずくは少しだけ寂しい気持ちを抱えつつ、それでもほっとした気持ちが広がっていく。
しずくは、ふと思う。もしも、私がゆうくんに振られたら…もう立ち直れないかもしれないって、本気で思うからだ。
愛理の告白のことを思い出す。あんな風に思いを伝えられるのって、すごいことだよなと、しずくは自分に自信が持てずにいる。
愛理のように、あんな風に素直に気持ちを伝えられる日が来るのかな。
そんなことを考えながら、いちご牛乳のキャンディーをなめつつ、しばらくぼんやりとしていたけれど、すぐに愛理が戻ってきた。
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「ところでさ、花恋さん、海外に行ってしばらく帰ってこないらしいよ。」
へぇ、そうなんだと、しずくは思った。花恋は、相変わらず自分の夢に向かって進んでるんだなと、少しだけ羨ましくも思う。
「結局、ゆうくんの作った初めてのいちご牛乳の謎は解けなかったなぁ。」
「ああ、そう言えば言ってたね。」
「でてきたのが普通のいちご牛乳だもんね。」
「たぶん、花恋さんの中での、ゆうくんの思いが詰まったいちご牛乳だったんだろうね。とはいえ、さみしくなるね。」
「うん、あの人、プロのピアニストらしく、海外コンサートやるんだって。なんか小さいころからの自分の夢をかなえた人って感じだなぁ。」
しずくの中で、ふと疑問が湧く。ゆうくんのことは、いいのかな。
あまり考えないようにしようと思っていたけれど、こんな時にどうしても気になってしまう。
愛理はその気持ちに気づくことなく、明るく話を続ける。
「私も自分の夢叶えてぇ。私の小さい頃の夢は、イケメン王子のお姫様になることだったな。しずくはどんな夢だったの?」
「え?自分の夢か。なんだろ、ゆうくんのいちご牛乳マイスターになることかな。」
「いや、それもうなってんじゃん。ちっちゃい頃の夢だよ。」
「あー、なんだろう。思い出せないな。ゆうくんのお嫁さんになることだったかな。」
しずくは照れくさそうに微笑みながら言ったけれど、何だか心の中にひっかかるものを感じる。
ゆうくんと一緒にいれたら、それで良かったし。
うーん、でもお嫁さんになる夢じゃなかった気がする。いや、それも夢は夢なんだけど…。
「くぅー、幼馴染ありがちのやつだわ。はやく、恋人同士になりなよ。雰囲気はほぼ恋人同士と変わらないよ。はやくキスしな。キスキスキスキス。もしかしてもうしてるかキス。」
「そんな、キスなんてしてないよ!」
愛理は驚きながらも、楽しそうに笑う。
「え?キスもしてないの?何年一緒にいるんだよ。」
しずくは少し照れながら、強く言い返した。
「子供の時ぐらいしか、手だってつないだことないよ!」
「え?ピュアな関係すぎる?びっくりした。天然記念物だわ。あんなにいちご牛乳で、思いがつながってますっていうのに、手はつながってないとか。」
うう、愛理。からかってきてるな。
「なら、愛理はキスしたことあるの?」
愛理は少し焦ったような顔をして、すぐに答えた。
「えっ?キ、キスでしょ、あるよ。そりゃあるよー。」
「その時、キスはどうだったの?」
「え?そ、そうね。なんか、相手の顔が近づいてきて、心臓の音が大きくなって、手も震えちゃう。唇がちょっと触れた瞬間、ちょっと甘い感じがして、目を閉じてもう何も考えられない、あなただけみたいな。その後にふわっと甘い香りが広がって、私まるで夢の中みたいな気持ちよ。」
「なんか、私その少女漫画みたことある気がする。」
「そ、そんなことないよ。へぇ、その少女漫画は、描写リアルなんだぁ。」
愛理は苦しそうに言っているけど、しずくはクスッと笑った。
しずく「わかったよ、信じてあげる。」
愛理は顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに笑った。