第42話 愛のことわり
喉を通るたびに、強烈な味が舌を刺激し、胃の奥でずっしりとした重みを感じる。
甘さ、塩気、苦味、えぐみ——どれも容赦なく広がり、全身が自然と拒否反応を示す。
それでも、あいりはゆっくりとグラスを傾け、飲み込んだ。
(——ゆうくんのことを、本当に好きなら。
ちゃんと、受け入れて。ちゃんと、好きになればいい。)
心の中で囁く。
それは、しずくの声なのか、自分自身の声なのか。
(あいりの"好き"って、その程度のものなんだ——。)
ゆうくんのことは好き。
でも、叶わないって、ずっと前から分かってる。
また一口。
(ゆうくんは言ってたよ。全部飲んでほしいって。
私はゆうくんが好きだから、私はゆうくんの期待に応えたい。だから、飲めるの。)
私だって、飲んであげたい。でも——。
思い切って、一口飲み込む。
口の中でゼリーが弾け、舌に絡みつきながら喉を滑り落ちる。
鼻をつく匂いと、妙に残る発酵したような後味。
(いちご牛乳はただの飲み物じゃない。
ゆうくんが作ったあのいちご牛乳には、すごく大切な意味があるの。)
そう——いまなら、それが分かる。
また、一口。
(あいり、いちご牛乳はただの飲み物じゃないんだよ。ゆうくんの思いそのものなの。)
だって、だって——。
涙が自然とあふれてきた。
また、一口。
(そこに、ゆうくんの気持ちが込められているんだよ。
どれだけ不味くたって、それがゆうくんの思いなら、あの味が愛しいものに変わるんだ。)
でもさ、しずく——。
この「いちご牛乳」には、ゆうくんがしずくに向けられる気持ちや思いはね。
入っていないの。
私のこのいちご牛乳には、その気持ちは空っぽなの。
それが分かってる——。
それをどう感じて、どう受け入れたらいいの?
涙がこぼれ落ちる。
また、一口。
(……私だって最初は苦しかった。でも、飲んでるうちに変わったよ。
だって、これは……ゆうくんが作ったものだから。)
涙が止まらない。
ゆうくん、なんで私にこれを作ったの。
また、一口。
舌に広がる、どうしようもない味。
えぐみ、苦味、妙に塩っけのある後味。
喉を通るたびに、胃の奥が拒絶するような感覚に襲われる。
(ちゃんといちご牛乳から逃げずに向き合って。
いちご牛乳の嫌いなところも、好きなところも——全部だよ。ちゃんと知ることが大事だよ。)
しずくの言葉が、頭に残る。
"ちゃんと知ること"って何?
私は、何を知ればいいの?
——いちご牛乳の成分?
——味の分析?
そんなことじゃない。
ゆうくんがしずくに向ける思いと同じものは、このいちご牛乳にはなかった。
じゃあ、ゆうくんが私に対して、どんな思いでこれを作ってくれたのか——
私に作ってくれたこのいちご牛乳には、どんな思いや意味が込められているんだろう。
もう一度、口をつける。
鼻をつく匂いも、舌に残る違和感も——
しずくはいった。
いちご牛乳は、ゆうくんの思いを知って受け入れるもの。
知りたい。
ゆうくんは言ってた。
"しずくとあいりは違うよ"って。
いちご牛乳をちゃんと飲んで、どんな思いなのかを感じなきゃいけない。
涙を拭いて、もう一度いちご牛乳に向き合う。
すると、いちご牛乳が応えてくれたように、匂いや味の嫌悪感が少しずつ薄れていく。
まるで、「気づいてほしい」と言っているように。
ゼリーがプルプル震えてる。
まるで、"飲んでほしい"と言っているみたい。
スプーンで掬って食べる。
——ごめんね、あいり。
次のゼリーを食べる。
——あいりは好きだよ。
一口飲む。
——いつも、嫌がりながらも頑張って飲んでくれてるから、とても嬉しい。
一口飲む。
——ただ、しずくがいるから。
最後の一口を飲む。
——君の気持ちに、応えてあげられない。
うん、知ってたよ・・・
ゆうくんの気持ち——
そうして、最後に全てを飲み干して。
「ゆうくん、全部飲み干したよ・・・」
あいりは、グラスを置きながら静かに言った。
でも、涙が止まらない。
全部、いちご牛乳のせい。
「……あいり、よく頑張ったね。えらいよ、本当に。」
ゆうくんの優しい声が響く。
その言葉が、温かくて——また涙が溢れる。
「ゆうくん、伝えたいことがあります。」
涙をしっかり拭って、まっすぐに目を向ける。
この気持ちを——ちゃんと伝えなきゃ。
「わたし、ゆうくんのこと……ずっと好きでした。」
ずっと抱えてた想いを、ついに言葉にした。
ゆうくんは、少しだけ目を伏せる。
「……ごめんね、あいり。」
これでいい。
ずっと伝えたかった言葉を、やっと伝えられたから。
「うん、分かってる。でも、ちゃんと伝えたかった。」
涙を拭いて、少しだけ笑う。
「ほんと、ゆうくんのいちご牛乳は美味しくなかったよ。」
くすっと笑いながら、続ける。
「ひっどい味だし、どろどろでしょっぱいし……失恋の味だった。
でも、それでも——私、強くなれた気がするよ。」
だから——。
「また、たまに飲ませてもらいにくる。」
いつもの笑顔で、そう言った。
「……もちろんだよ。」
次の瞬間、優しく微笑んだ。
「愛理」は、もう泣かないと決めた。
それでも、涙は自然にこぼれてしまう。
隣にいたしずくが、そっと手を伸ばし
優しく抱き寄せた。
その温もりに、愛理は静かに目を閉じる。