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しずくのいちご牛乳  作者: ぷらぷらぷらす
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第04話 しずくの変化

あれから、一週間が経った。

毎日、同じ量のいちご牛乳を飲み続けてきた。


——今日は、いつもと違う。


ゆうくんが差し出したのは、今までの倍の量——200ミリリットルのグラス。

グラスの中で、とろりと揺れるいちご牛乳。


(飲みきれるだろうか……。)


グラスを見つめるだけで、胃の奥がじわりと重くなる。

不安が押し寄せる。


「今日は、グラスから口を離さずに、一気に飲もうか。」


ゆうくんの穏やかな声が、静かに響いた。


「吐き出さないように、焦らず、ゆっくり流し込んで。」


その言葉に、しずくは小さく頷く。

覚悟を決めて、グラスに口をつけた。


——一口。


ぬるく、とろみのある液体が舌に広がる。

次の瞬間、強烈なえぐみと苦みが喉を突き抜ける。


喉の奥を通る感覚が気持ち悪い。

胃へ落ちていく重みを感じるたび、体が拒絶しそうになる。


それでも、しずくは必死に飲み続けた。


だが、最悪の瞬間が訪れた。


喉に引っかかったゼリーを、無理に飲み込もうとしたとき。

それが潰れた。


ぷちゅっ、と弾ける感触。


「んぐっ……!!?」


強烈な苦みとえぐみが一気に広がる。

鼻へ突き抜ける悪臭。


「うっ……!! うぅ……っ!」


もう、無理だった。


喉が反射的に収縮する。

しずくはグラスを持ったまま口元を押さえた。


——耐えられない。


「っ……!」


次の瞬間、飲んだばかりのいちご牛乳が、グラスへと戻っていった。


どろり、と揺れる液体。

ゼリーの塊が絡みつき、広がる悪臭。


「……うぅっ……ごめ……なさい……っ」


しずくの頬を、涙が伝った。


震える手でグラスを見つめる。

喉には、まだゼリーの感触がへばりついている。

口の中には、吐き出してしまった苦みが残っている。


——それが、また次の吐き気を呼ぶようだった。


ゆうくんは、何も言わなかった。

ただ、優しくしずくの背中をさすった。


その温もりが、少しだけ心を落ち着かせる。


「……無理しなくていいからね。」


ゆうくんの声が、静かに響いた。


その言葉に、しずくの目から、ぽろりと涙がこぼれる。


安心したのか。悔しいのか。


自分でも、よくわからない。


ただ、自分の情けなさ、不甲斐なさだけは、はっきりとわかっていた。


——私は、ゆうくんのいちご牛乳を吐き出してしまった。


それはただの液体じゃない。ゆうくんの思いが

私から、吐き出されてしまったのだ。


それが、何よりも悔しかった。

そんな自分が、許せなかった。


「……飲まなきゃ。」


喉が締めつけられるような思い。


ゆうくんの思いを、無駄にしたくない。

ゆうくんに「頑張ったね」って褒めてもらいたい。

喜んでもらいたい。


そして、ゆうくんの笑顔を見たい。


しずくは、ぎゅっと拳を握った。


「……無理はしてないよ。」


ゆうくんの言葉に、しずくはそっとグラスを手に取る。


「私は、飲んでみせるよ。ゆうくんが作ってくれたものだから。」


——もう一度、口をつける。


ぬるく、とろりとした液体が広がる。

喉に絡みつく粘り気。

ゼリーの感触。


強烈な匂い。


それなのに——


(……少し、心地いい……?)


喉の奥に広がる苦味の隙間に、ほんのわずかに滲む甘さ。


しずくは、その味を噛みしめながら、もう一度飲み干す決意を固めた。


——最後の一滴まで飲み干した瞬間。


胃の奥から、じんわりとした感覚が広がった。


温かいような、でもどこか締めつけられるような、不思議な感覚。


「……っ、ん……」


喉の奥から、またゼリーがせり上がってくるような気がする。


飲み込んだはずのいちご牛乳が、まだ身体の中にまとわりついているみたい。


普通の飲み物なら、もう胃に落ちて、すっきりしているはずなのに。


これは違う。

ずっと、のこりつづける。


——まるで、ゆうくんの思いが、自分の一部になったみたい。


(ゆうくんの……思い……)


しずくの鼓動が、速くなる。


その瞬間だった。


「……ぁ……っ……!!」


胃の奥から、何かがじわりと広がる。


ただの満腹感でも、吐き気でもない。

もっと強く、もっとしつこく、もっと身体に染みつくような——


そんな感覚。


(……身体の中が、いちご牛乳に……染まっていく……?)


強烈な苦み、えぐみ。

喉に絡みつく粘り気。

鼻腔に残る強い匂い。


すべてが、しずくの身体の中に定着し、

まるで、ゆうくんの思いそのものが、しずくを包み込んでいるようだった。


「……すごい……これ……」


しずくはそっと自分の胸に手を当てる。

心臓が、ドクン、ドクンと脈打つ。


その鼓動に合わせるように、胃の奥から込み上げてくる温かさが、全身に広がる。


「しずく……?」


ゆうくんが、そっと覗き込む。


しずくは、静かに目を閉じた。


「……ゆうくんの思い、ちゃんと飲み込めた……」


そう呟くと、しずくはほんの少し、微笑んだ。




挿絵(By みてみん)

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