第36話 しずくのモテ期
月曜の休み明け、あいりは学校でしずくを見た瞬間、思わず二度見した。
——なんだこりゃ!?
しずくの黒髪はまるで光を反射するように艶めき、肌は透き通るように白く、もちもちとハリがある。 さらに、どこか大人びた雰囲気を纏っている。
そして、笑顔がいつもより可愛い。
周りの男子たちもざわざわとしずくを見てはヒソヒソ話しているのが分かる。
——え、なにこれ。なんか、めっちゃモテそうな感じになってない?
あいりは焦りを覚え、しずくのもとへ駆け寄った。
「ちょっ、ちょっとしずく! なんなのあんた、どうしちゃったの!?」
「え? 何が?」
「いやいや、なんか違う! すっごい綺麗になってるっていうか、可愛くなってるっていうか……」
お嬢様みたいに「あら、ごきげんよう、あいりさん」なんて言われたらどうしようかと身構えるが、しずくはいつものままだった。
「えー? なんにもしてないけどなぁ。」
「あんたが“なんにもしてない”なんて、そんなわけあるかーっ!」
しずくは首をかしげ、少し考えた後、ポンと手を打った。
「あ、もしかして、いちご牛乳風呂かな?」
「——それだーーーー!!!」
あいりは思いっきり叫んだ。
「え、あのお風呂、そんなに効果あるの!? いや、しずく、もう別人レベルで変わってるんだけど!?」
「うん、ゆうくんが“お肌ツルツルになる”って言ってたし、毎日入ってたんだよね。お湯も飲めるから、たくさん飲んじゃったし。」
「お湯も飲んだの!? いや、まぁ、それはいいとして……即効もらうわ、その入浴剤!!」
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放課後・しずくの家
あいりは意気揚々としずくの家にやってきた。
「せっかくだし、一緒に入ろう! 色々教えてあげるよ♪」
「……う、うん……。」
しずくと並んで浴室に向かったものの、いざ浴槽を目の当たりにした瞬間——
「えっ、これ入るの!?」
乳白色の湯はどろりと粘度を帯び、湯面にはゼリー状の塊がぷかぷかと浮かんでいる。泡が立ち、弾けるたびに、発酵したような甘酸っぱい香りが広がる。
「いや、ムリムリムリムリ!!! なんでしずく、これ普通に入れるの!? てか、バスタブで納豆育ててるみたいな見た目してんだけど!?」
「もう〜、そんなこと言ってたら可愛くなれないよ?」
しずくは湯をすくい、恍惚とした表情で肌になじませる。
あいりはドン引きしながら後ずさった。
「……ちょっと待って、しずく……なんか洗脳されてない?」
「大丈夫だって! 最初はびっくりするけど、ゆうくんのことを思いながら入れば、すぐに心地よくなるよ♪」
「いや、だから私は——」
「ほら、早く入って! しっかり浸からないと効果ないよ?」
しずくが手招きする。
——これを乗り越えたら、しずくみたいになれる……!
美のためには多少の苦難も必要。 そう自分に言い聞かせ、あいりは覚悟を決めた。
「……うぅ、いくしかない……!!」
そして——
にゅるっ
「ひゃっ!? なにこれ!!?」
まとわりつくようなぬめりが肌を包み込み、まるで温かいスライムの中に足を突っ込んだような感触が広がる。
さらに、ぷかぷか浮かんでいたゼリーの塊がふわりと肌に触れると——
「ぎゃぁぁぁ!! なんか当たったぁ!!」
叫びながら身をよじるが、粘度のあるお湯が抵抗になり、うまく動けない。
「もぉ、大げさだなぁ〜。ほら、リラックスして。ゆっくり浸かって、ゆうくんのこと考えて……」
「だから私は……うっ!!」
あいりの鼻腔に、濃厚ないちご牛乳の香りが流れ込む。
脳がびりびりと刺激されるような錯覚とともに、わずかに甘い香りの奥に、発酵した複雑な匂いが広がる。
「くっ……これを耐えたら……しずくみたいになれる……!」
美のためには苦難も必要。 そう言い聞かせ、あいりはついに——
「——って、飲まないからね!? それは無理だからね!?」
「えぇ〜……そこがいちばん効果あるのにぃ……ごくごく、うん、美味しい。」
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翌朝・学校
「……ほんとにちょっと綺麗になったかも……?」
鏡に映る自分を見つめながら、思わず頬を触る。 しずくほどのツヤツヤ肌にはまだ及ばないけど、確かに手触りが違う。
「でしょ〜? だから言ったじゃん♪」
「くっ……認めたくないけど、たしかにすごい……」
しずくの「ほら、飲めばもっと早いよ?」という誘惑には断固として首を振ったが、この効果を知ってしまったら、もう完全に無視はできない。
「……ま、まぁ、ちょっとずつ慣らしていけば、飲むのもいけるようになる……かも?」
そうして、あいりは知らぬ間にゆうくんのいちご牛乳の世界へ、一歩踏み込んでしまったのだった——。