第34話 マイスター
ゆうくんは、いつものようにいちご牛乳をしずくとあいりの前に出した。
しずくはグラスを手に取ると、くるりと回して匂いを嗅ぐ。まず最初に視覚的に楽しんでから香りを確かめるのが、しずくのいちご牛乳を飲むときのマナーだった。
「んっ……?」
少し眉をひそめる。
「ゆうくん、このいちご牛乳、ちょっと変だよ。いつもと違う。」
ゆうくんは、しずくの様子を見て、小さく笑った。
「しずく、合格だよ。」
「やっぱりそうだよね。おかしいと思った。」
それを聞いていたあいりが目を丸くする。
「え?どういうこと?」
しずくはグラスの中身を迷いなく流しに捨てながら、淡々と答えた。
「これ、ゆうくんが作ったものじゃない。まがいものだよ。こんなの飲み物じゃないよ。」
あいりは驚きとともに戦慄する。
「えぇ!? そんなことまでわかんの!? 化け物じゃん!」
「私のいちご牛乳だけ、偽物だったんだよ。粘つき具合、ゼリーの動き、震え方が違う。ゆうくんのいちご牛乳と比べると、一瞬でわかるよ。」
「えっ……じゃあ、私のは?」
「あいりのは本物。さっきの動きから見て、間違いないよ。」
「よ、よかった……」
ほっと胸を撫でおろしながらも、あいりは言葉を失った。
しずく、どこまでいちご牛乳に向き合ってるの……?
しずくは眉を寄せながら、流しの中の液体を見つめる。
「それにしても、ゆうくんひどいよね。こんなの飲ませるなんて、腐ったものを食べさせるようなもんだよ。生ゴミだよ。」
あいりは心の中で、いやこれも十分腐った味してるけどな……と思ったが、あえて口にはしなかった。
「ごめんごめん、これも試験の一つだったんだ。でも、しずくはちゃんと見抜いた。だから合格だよ。」
しずくは少し考え込んだあと、ふと疑問を口にする。
「前から思ってたんだけど、そのランクってどういう基準なの?」
「どれだけいちご牛乳と心を通わせて、理解できるかって感じかな。しずくは、僕のいちご牛乳を見た目や匂いだけで判別できるレベルだし、もうマイスターだよ。ここまで達成できる人なんて、ほとんどいないんだよ。」
しずくはゆうくんの言葉を聞いて、静かに微笑む。
私は世界で一番、ゆうくんのいちご牛乳を理解している。
誰よりも、深く、強く、真剣に――。
「その上のランクもあるの?」
「うん、エターナルっていうんだけど、誰一人として到達したことがない。僕も、さすがにそこまではわからないんだ。」
「へぇ、なんかすごそう。」
あいりはぽかんとした顔で2人のやりとりを見ていた。
いや、なんかもう次元が違うんだけど……。
しずくはふと、自分の食生活を思い返して口を開く。
「最近、ご飯よりいちご牛乳を飲んでるほうが多くなってるかも。カロリー、大丈夫かな?」
ずてんっ!!
あいりは机につっぷした。
「しずく、お前、もういちご牛乳で生活してるのかよ……」
「え? そうかな? 1日2リットルの水分が必要って言うし、料理とかお菓子にも使うし、それくらい飲まなきゃ足りなくない?」
こてんっ!!
「2リットル!? それはさすがにヤバいでしょ!」
「あいりさっきからなにやってんの?別にいいじゃん。ゆうくんのいちご牛乳だよ?」
「もうダメだ……完全に中毒だよ……」
ゆうくんは笑いながら、しずくの方を見た。
「まあ、しずくの欲しがる量に合わせて成分調整してるから、ほぼ完全栄養食みたいなもんだよ。」
「ほんと!? じゃあ、2リットルもらっていい?」
「うん、いいよ。」
「わーい! ゆうくん、ありがとう!」
あいりは両手で頭を抱えた。
「……もう知らん。」
そんなあいりをよそに、ゆうくんが思い出したように言う。
「あ、そうだ。いちご牛乳の入浴剤、作ったんだ。」
「えっ、入浴剤?」
「うん。栄養豊富だから、お肌がツルツルになるんだよ。飲んでも問題ないしね。」
あいりは絶句した。
これに、浸かる……?
いや、肌ツルツルにはちょっと興味あるけど……
生チョコの悲劇が頭をよぎる。
とりあえず、しずくの様子を見てからだな。
「へぇ、しずくよかったね。」
「うん、じゃあ今日一緒に入ろうよ!」
「えっ!? いや、私はいいかな!! ほら、一人でリラックスしたいじゃん!? 私はまた今度……!」
「えー、そう?」
しずくは上機嫌で入浴剤を抱えた。
あいりはしずくの背中を見ながら、そっとつぶやく。
「……これ、マジで大丈夫なの?」