第03話 笑顔の為に
今日も、ゆうくんの部屋に呼ばれた。
扉を開けた瞬間、鼻を刺すような、あの匂いがふわりと漂う。
いちご牛乳の匂いだ。
「できたよ。」
カウンターの向こうで、ゆうくんが微笑みながらグラスを差し出す。
白とピンクが混ざり合った液体が、グラスの中でとろりと揺れた。
「……ありがとう。」
毎日、ゆうくんが作ってくれる。
そして、私は必ず、ゆうくんの前で飲む。
——この時間は、もう当たり前になってきた。
「……いただきます。」
両手でグラスを持ち上げる。
近づけると、ツンとした独特の香りが鼻腔を刺激した。
(……慣れない。)
この匂いだけは、やっぱりまだ慣れない。
でも、もう顔をしかめることはしなくなった。
ふと視線を上げると、ゆうくんが静かにこちらを見つめている。
その目は、何かを確かめるような、でもどこか優しく見守るような色をしていた。
――ためらってはいられない。
そっと唇を寄せ、グラスを傾ける。
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——一口。
舌に広がるのは、やっぱり強烈な苦味とえぐみ。
だけど、それだけじゃない。
とろりとした液体が喉を伝うたび、ほんのわずかに、温かさを感じるようになっていた。
(……やっぱり、甘さがある。)
最初は気のせいかと思っていた。
でも、こうして毎日飲んでいると、その奥に確かに存在するものがあると感じる。
いちご牛乳の中に、ふわっと広がる優しさみたいな甘さ。
ゆうくんの思いが、そこに溶け込んでいるような気がする。
その感覚をもっと確かめたくて、気づけばまたグラスを傾けていた。
---
——でも、どうしてもためらう瞬間がある。
それは、ゼリーが現れたとき。
いちご牛乳の中に時折、いちご牛乳の濃い部分が固まって出来たゼリー状の塊がある。
ちゅるん、とカップの中で揺れるそれを見ると、喉がぎゅっとこわばる。
このゼリーは、まず口の中に、入れるだけでもとんでもなお異臭とえぐみと苦味を持っている。
それだけではなく、飲み込むと喉に引っかかったり、へばりついたりして粘りつく感覚が残り続ける。
この感触だけは、まだ慣れない。
(でも、飲まなきゃ。)
ゆうくんは、毎回「残さず飲んでくれてありがとう」と言う。
だから、ちゃんと飲まなきゃいけない。
しずくは、少し息を止めながらゼリーごと口に含んだ。
「……っ」
喉を通る瞬間、ゾワッと背筋が震えた。
ネバっと絡みつく感触に、体が一瞬こわばる。
だけど、ちゃんと飲みきった。
カップの中は、もう空っぽ。
「……ごちそうさま。」
ふと、唇の端から少しこぼれていたのに気づく。
ゆっくり指で掬い取った。
(あっ……ゆうくんの匂い?)
いつも嫌だと思っていた匂いなのに、今は少しだけ違う気がする。
それが不思議で、思わず舐め取ってしまった。
口の中に残る、苦くて、でもほんのり温かい感覚。
優しさが、そこにあるような気がした。
しずくは、そっとゆうくんの顔を見た。
「しずく、よく頑張ったね。全部飲んでくれてありがとう。」
あっ。
また、ゆうくんが、笑ってる。
——嬉しそうな顔をしてる。
ほんの少し、くしゃっとした笑顔。
それを見た瞬間、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
さっきまでの苦みも、喉の奥に残るえぐみも
今は、もう気にならない。
決して美味しいとは言えない。
それでも、こんなふうに喜んでくれるんだもん。
「……また、明日も飲むよ。」
だって、私は...
ゆうくんの笑顔が見たいんだもん。