第28話 あいりの悲しみ
学校の昼休み
ぼーっと窓の外を眺めていたしずくの背後から、いきなり何かが飛びついてきた。
「おらおら、しずくくらえ、くすぐり攻撃ー!」
「きゃははは!やめてよ、あいり!きゃははは!」
無防備だったしずくは、くすぐられた瞬間に机に突っ伏す。
…ぽよん。
…ぽよん?
あいりの手のひらに、柔らかくてふくよかな感触が伝わった。
「…え? しずくー、あんたそんなに大きかったっけ? てか、プロポーションめっちゃ良くなってない?」
身長も伸びてるし、胸も…
いや、ちょっと待て。
私より大きくなってない!?
あいりは目を見開いたまま、しずくの体をまじまじと見つめる。
「うん、なんかね。急に成長したの。あいり、聞いてよ…体重が5キロも増えたんだよ。もうショックでショックで…。」
しずくは心底落ち込んだ様子で肩を落とす。
あいりはそんな彼女を見て、心の中で思う。
(そりゃ、そんなに身長伸びて、体型変わって、いろいろ膨らめば体重も増えるよね…。)
「私たち成長期だし、仕方なくない? 別に太って見えないし、むしろ…しずくに女として負けてる気がする…。」
ふと、何かが頭をよぎる。
…まさか。
「もっ、もしかして…しずく、ライン超えた!?」
「なっ…!? ちょ、大声で何言うのよ!」
しずくは顔を真っ赤にして、あいりの口を手で押さえようとするが、あいりはニヤニヤが止まらない。
「いーや、女が急に変わるときは男の影響があるって相場が決まってる! まさか、ゆうくんと…!」
「な、何にもやってないってば! もうやめてよ、怒るよ!」
しずくの真剣な顔に、あいりはクスクス笑う。
「あー、ごめんごめん。でも、本当に成長したね。」
「たぶん、ゆうくんのいちご牛乳の影響だと思うんだよね。栄養豊富らしいし。牛乳飲むと体が成長するって言うし…。」
「マジ!? あれにそんな効果あんの? 私も100ミリリットルくらい飲んでんだけど…。ホントまずいし、毎回『二度と飲むか』って思うけど…。」
しずくは驚く。
「へえ、いまはそんなに飲んでるの?」
「まぁ、ゆうくんのためだしね。たまに飲みに行ってんだ。」
そっか、あんなに嫌がってたのに。
しずくは少し微笑む。
あいりは、ちゃんとゆうくんのことを思っているんだ。
彼女なりに頑張っているのが伝わってきて、なんだか嬉しくなった。
「しっかし、そうなるとしずくも男がほっとかなくなるな。」
「えっ? 全くそんなことないよ。」
しずくは首をかしげる。
「最近、確かに男の子たちが、勉強でわかんないところを聞いてくることが多くなったなとは思うけど、それぐらいだしね。」
あいりは思わず天を仰いだ。
(くっそ、無自覚系だ。男の子かわいそう。)
最近、しずくがふとした瞬間に女の色香を漂わせているのを感じることがある。
その理由は、きっと——
「…ゆうくんのことを考えてるときなんだろうな。」
---
「今日は、ゆうくんのところに行って200ミリリットル挑戦しようかな。」
あいりはポンと拳を握る。
しずくはその言葉に少し笑って——
「挑戦するのはいいけど、ちゃんと最後まで飲んであげてよ。」
「え?」
「ゆうくんがあいりに作ってるの、無駄にするの、ほんともったいないんだから。」
しずくの真剣な眼差しに、あいりは一瞬きょとんとする。
でも、すぐに笑って肩をすくめた。
「わかってるってば。ほんと、ゆうくんのことになるとしずくはうるさいんだから。」
——そのくせ、自分の気持ちには全然無自覚なくせに。
あいりは、そんなことを思いながら、しずくの横顔を見つめていた。
----
私も日々成長してるんだなと思った。
しずくは、ふと昔のことを思い出す。
小さい頃は、寂しくなるとすぐにゆうくんに泣きついていた。
泣きながら服の裾をつかむと、ゆうくんは「よしよし」と頭をなでてくれた。
小学生の低学年くらいまで、それが当たり前だった。
「…ふふっ。懐かしいな。今となっては恥ずかしいけど。」
今はもう、泣きついたりなんてしてないしね。
---