表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
しずくのいちご牛乳  作者: ぷらぷらぷらす
23/55

第23話 花恋としずく

「ふー、楽しみだな。」


花恋はグラスを眺めながら、ゆうくんを見た。


「それにしても、ゆうくん。すっかり格好良くなっちゃって……お姉さん、恋しちゃいそうだよ?」


冗談めかした声音で、さらりと言う。

だが、その言葉の中に、確かな気配が含まれているのを、しずくは感じ取っていた。


ちら、と花恋の視線が自分へ向けられる。


「もしかして、しずくちゃんは、ゆうくんのことが好きなのかな?」


**


ドキッ。


突然の問いかけに、心臓が跳ねた。

一瞬、言葉を失う。


──好き。


それは間違いない。

だけど、"恋"ではない。……たぶん。


ゆうくんは、幼馴染。

いつも隣にいるのが当たり前で、特別とか、そんな言葉じゃ表しきれない。


けれど、それを説明するには、言葉が足りない気がして。


しずくは、慎重に言葉を選びながら答えた。


「うーん……もちろん、好きですよ。でも、幼馴染なので……一緒にいるのが自然というか、『特別な関係』? 一言では言い表せませんね。」


**


花恋は、ふっと微笑んだ。


「へぇ、特別な関係ね。」


淡々と繰り返す。

どこか冷ややかな響きが混じっていた。


「なんか、『姉妹とか家族みたいな関係』かなぁ。恋人同士ではないんだね。」


──カチン。


しずくの心の奥底で、小さな棘が刺さる音がした。


(この泥棒猫……。)


にこやかに話す花恋の顔を見ながら、しずくは内心でそう呟いた。


**


「私は……今のゆうくんとの距離感や、空気感が好きなんです。」


淡々と返す。


「たぶん、ゆうくんも『そう』なんじゃないかなって。」


しずくの言葉に、花恋は少し目を細めた。


**


「へぇー、そうなんだ。」


意味深な声色で、花恋は言う。


「幼馴染って、そういうものなのかな。」


どこか探るような目。


「お姉さんはね、今、好きな人いるんだ。年下なんだけどね……なぜか年下なのに甘えちゃう人なんだ。」


ちらっと、しずくを見る。


「だから、しずくちゃんも応援してくれるとうれしいな。」


**


ムカつく、この女。


しずくは、奥歯をぎゅっと噛んだ。


「恋かぁ……いいですね。」


努めて穏やかに返す。


「私はまだ子供だから、そのへん疎くて……『ゆうくんも同じかもですね。』」


軽く笑ってみせる。


「でも、花恋さんってすごく綺麗だから……たくさんの人からモテるでしょうし、そんな中で選んだ人だからきっと素敵な人なんでしょうね。」


しずくは、にっこり微笑んだ。

だが、その裏側では、花恋の"優位"を認めたくない気持ちが渦巻いていた。


**


「ありがとう。」


花恋は、しずくの言葉を受け取った。


「でも、しずくちゃんももう少し成長したら、もっともっと綺麗になるわよ。」


そして、ふわりと微笑む。


「私が保証する。」


──要するに、「今のままじゃダメよ」と言いたいのだろう。


女としての魅力は、全然私が上。

そう言わんばかりの笑顔。


しずくは、その意図を敏感に察した。


だけど──それよりも、気になることがある。


**


いちご牛乳。


**


自分が一番、ゆうくんを理解していて、思いを通わせている。

そういう"自負"があった。


けれど、花恋さんの存在が、それを揺らがせている。


もし、私以上にゆうくんへの想いが強かったら?

私に隠していた関係が、何か特別なものだったら?


……もしかして、ゆうくんは、花恋さんが好きだったんじゃないか?


そんな考えが、頭をよぎる。


しずくは、そっと拳を握りしめた。


**


「お待たせ、花恋さん。」

ゆうくんの声が、しずくの思考を断ち切る。


「おー、ゆうくん! まったよまったよ。」


花恋は嬉しそうに微笑んだ。


ゆうくんは、350ミリリットルほどのグラスに、いちご牛乳を注ぐ。


しずくは、それを見て──思わず息をのんだ。

(……普通の、いちご牛乳……?)


「あ、あれ……そのいち──」

思わず、声が漏れそうになり、慌てて口をつぐむ。


「はい、花恋さん。オリジナルいちご牛乳、どうぞ。」

ゆうくんが手渡す。


花恋は、ストローをくわえ、一口。

「うん、これだよ、これ。」


花恋は、嬉しそうに微笑む。


「すっごく美味しいよ、ゆうくん。『初めて』作ってくれたものと同じだよ。」


ちら、としずくを見る。

しずくの心の奥で、小さな音がした。


「はは、まだ未熟な頃に作ったものだから、そこまで『普通のいちご牛乳』と変わらないんだけど、喜んでもらえたら嬉しい。」


(……私に、言い聞かせてるみたい。)

けれど、その言葉に、しずくはほっとした。


「しずくちゃんも、このいちご牛乳、飲んだことあるのかな?」


挑発するような花恋の口ぶり。

しずくは、すっと花恋を見た。


「いえ、そのいちご牛乳は飲んだことがありません。」


**


花恋の眉が、かすかに動いた。

「えっ? そうだったんだ。」

花恋は、驚いたふりをして言う。


「じゃあ、ゆうくん、しずくちゃんにもこれ用意してくれないかな?」


「んー、材料がもうないんだ。それにその花恋さん専用のいちご牛乳だからさ。花恋さんの思い出のいちご牛乳を他の人に出すのは、失礼かなって。」


花恋は、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「残念。しずくちゃんにも美味しさをシェアしたかったな。」


だけど──しずくは、動揺しなかった。


なぜなら。

花恋は、"知らない"。

ゆうくんの"特別"ないちご牛乳を。

──花恋は、まだ辿り着けていない。


そう確信した瞬間、しずくの心に余裕が生まれた。

──ゆうくんの"特別"を知っているのは、自分だけだ。


それが、しずくにとっての"勝利"だった。


**


しずくは、ゆっくりと微笑んだ。

「いえ、私は大丈夫ですよ。」


しずくは、静かに席を立つ。


「そろそろ帰りますね。」


そして、花恋を一瞥しながら、静かに微笑んだ。


(可哀想に。)


花恋は、ゆうくんを好きなのに。

それなのに、いちご牛乳の"本当の意味"を、何も知らない。


──なんて、哀れなのだろう。


しずくは、ゆっくりと部屋を出た。

私がいちご牛乳を飲んだ時のあの感覚。

心の奥にじんわりと広がる、"わかり合えた"という確信。


それを、花恋は知らないまま満足している。


だから、しずくは静かに微笑んだ。

(ゆうくんの笑顔は、あんなものじゃない。)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ