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しずくのいちご牛乳  作者: ぷらぷらぷらす
22/55

第22話 花恋のいちご牛乳

──元カノ。


その一言が、しずくの頭の中でぐるぐると反響する。

あり得ない。そんな話、聞いたこともなかった。


しずくは、ゆうくんの隣にいるのが当たり前だと思っていた。

誰よりも長く一緒にいたし、彼のことを誰よりも知っているつもりだった。


──なのに、目の前の女の人は、それを軽く覆してしまった。



「花恋さん、元カノでもなんでもないでしょ。」


ゆうくんが、さらりと否定する。


花恋「ははは、ごめんごめん。」


悪びれる様子もなく、花恋は笑った。


「今から彼女になってもいいよ? お姉さんが、手取り足取り教えてあげる。」


軽やかな冗談めいた口調。

けれど、その言葉に含まれた意味を、しずくは見逃さなかった。


──その視線が、一瞬だけ自分に向けられたのを。


ほんの僅かに、口角が上がる。

まるで『あなたにはできないでしょ?』とでも言うように。


なるほど、理解した。


(この女は敵だ、泥棒猫だ。)


──そう思った瞬間、しずくと花恋は、互いを同時に敵認定した。


**


ゆうくん「あんまりからかわないでよ。」


軽く流すようなゆうくんの言葉に、しずくは少しだけ安堵した。



「え? そう? からかってるつもりはないんだけどね。」


花恋は、どこか楽しそうに笑う。

それが、挑発のように見えるのは気のせいじゃないはずだった。


花恋は、ちょっと肩をすくめて笑う。

「えー、せっかく冗談で言ったのに。もう、つまんないなぁ。」


だけど、どこかひっかかる。


花恋の態度が、からかいだけに見えなかったから。

「まぁ、それはおいおいね。」


さらりと流しながら、花恋は続けた。


「ところでさ、『ゆうくんが初めて作った』あのいちご牛乳がすぐ飲みたいなって思ってたの。海外留学してからも、それが忘れられなくって。だから、すぐここに来ちゃった。」


──心臓が、ドクンと跳ねる。


「っ……!」


しずくは、咄嗟に花恋を見た。


(いちご牛乳……?)


花恋が言った「初めて作ったいちご牛乳」。

その言葉が、しずくの胸にざわりとした波を立てる。


(私が最初に飲んだ……あの、特別ないちご牛乳のこと?)


そんなはずはない。


だって、あれは──

ゆうくんが、しずくに作ってくれた、特別なものだったはず。


**


しずくにとって、いちご牛乳はただの飲み物じゃない。

それは、ゆうくんの思いが詰まった、大切なものだった。


なのに、花恋は「初めて作ったものを飲んだ」と言った。


まるで、自分だけが特別だったと言いたげに。


(……なんでそんな言い方するの?)


しずくの目の前で微笑む花恋。

その顔には、どこか余裕があり、挑発的な気配も滲んでいる。


しずくは、自然と苛立ちを覚えた。


(私がどう思ってるか、分かっててやってるんだろうな……。)


**


「本当に、ゆうくんの作ったいちご牛乳が、あんなにおいしいなんて思ってもいなかったわ。」


ゆっくりと語るように、花恋は言葉を続ける。


「特に、初めて飲んだときのあの味。今でも忘れられないわよ。」


──カチリ。


しずくの中で、小さな音がした気がした。


ゆうくんが、特別ないちご牛乳を作っていた。

そして、それを飲んで、忘れられないほどの思い出になった人がいる。


花恋が言う「初めて作ったいちご牛乳」は、一体どんなものだったんだろう?


**


ゆうくんが、いちご牛乳を作っていた?

その思いに、花恋さんは応えていた?


しずくの中で、疑問が膨れ上がる。

けれど、今ここで答えが出るはずもなかった。


「もちろん大丈夫だよ。」


ゆうくんの声が、ふっと現実に引き戻す。


「じゃあ、これから作ってくるね。」


そう言って、ゆうくんは席を立った。


しずくの中で、焦りが募る。


(待って……。)


ゆうくんが「初めて作ったいちご牛乳」。

それを今から、花恋に作るという。


しずくは、思わず言葉を飲み込んだ。


(……何が出てくるんだろう?)


花恋が飲むのは、しずくが知っているいちご牛乳なのか。

それとも、全く別のものなのか。


ゆうくんがキッチンへ向かう姿を見送りながら、しずくの指先は、ぎゅっと握られていた。


その隣では、花恋がどこか勝ち誇ったように微笑んでいた──。

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