第17話 しずくの対話
しずくは、そっとグラスを手に取り、今度はゆっくりといちご牛乳を口に含んだ。
——ゼリー。
舌に乗せた瞬間、その存在感が際立つ。
濃厚な粘度、ねっとりとした質感、そして独特の匂いが、口内に広がる。
(……やっぱり、クセが強いなぁ。)
ゼリーを噛むたびに、強烈な臭気が口の中に広がる。
それでも、最初の頃に感じた嫌悪感とは少し違う。
今は、その感覚すらも受け入れられるようになっていた。
「いちご牛乳の特に濃い部分が固まって詰まってるんだから……」
(……ゆうくんの成分も、特濃ってことなんだ。)
しずくは、心の中でそう呟きながら、ゼリーの味わいをじっくりと感じた。
不安だった気持ちが、少しずつ愛しさに変わっていく。
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今度は、あえて舌と歯でゼリーを潰してみた。
「んっ……!」
ギュッと押しつぶした瞬間——
プツン。
音と共に、中から液体が弾けるように広がる。
同時に、強烈な臭気が一気に解放され、口の中を支配した。
「うっ、やっぱり臭い……。」
思わず顔をしかめる。
鼻を突き刺すような発酵臭が、喉の奥まで広がる。
でも、しずくは逃げなかった。
(今度は、この感覚をちゃんと味わおう。)
液体が喉に流れ込むと、さらに強く引っかかる感覚がある。
ねばつきが、まるで喉の奥にしがみつくように留まり、なかなか落ちていかない。
——そのとき、ふっと心が温かくなった。
(……あれ?)
「ゼリーが『まだここにいたいよ』って、わがまま言ってるみたい。」
喉に引っかかる感覚が、ただの違和感ではなく、
どこか「しがみついている」ように感じられた。
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しずくは、もう一度ゼリーの塊を口に運ぶ。
今度は、少しゆっくりと、舌の上で転がすようにしてみた。
ゼリーは、なかなか溶けない。
粘り気が強く、まるで舌にまとわりつくようにしがみついている。
「この子も、まだ口の中にいたいんだね。」
そう思うと、不思議と嫌ではなかった。
ゼリーをゆっくりと飲み込むと、素直に喉を通った。
(……なんだか、私、お母さんみたい。)
ゼリーがまるで「甘えん坊」のように思えて、愛おしくなる。
「え? もう飲み込んでほしいの?」
くすっと笑いながら、一つ一つを大切に味わう。
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ただ飲むのではなく、いろんな方法を試してみた。
✔ 一つ指でつまんで、上から「あーん」と落としてみる。
✔ 口元まで持ってきて、ちゅるんと吸い込んでみる。
✔ 潰して、液体と混ぜてから飲む。
✔ 皿にいくつか集めて、上から口で「ちゅるるっ」と吸い上げる。
「……あっ、新しい食感! へぇ、こうなるんだ。」
試すたびに、新しい発見がある。
「楽に飲みたい」と思っていた頃とは違う。
今は、それぞれのゼリーの「表情」を楽しんでいた。
(ふふっ……なんか、小さい頃にゆうくんと遊んでたときみたい。)
目を細めて、懐かしさに浸る。
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「今なら、この味もこの匂いも、理解できる気がする。」
しずくは、もう一度いちご牛乳のグラスを手に取った。
口の中に広がる味。
ゼリーの弾力、液体の粘度、そして独特の香り。
それらすべてを、一口ずつ確かめるように飲み進めた。
(……飲めば飲むほど、ゆうくんの思いが形になっていくみたい。)
気づけば、最後の一口になっていた。
しずくは、思い切ってすべてを口に含み——
一気に飲み干した。
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「くすっ……なんか気づいたら全部飲んじゃってた。」
ふっと笑みがこぼれる。
(なんとなく……美味しさが、わかってきた気がする。)
しずくは、少し照れたようにゆうくんの顔を見た。
ゆうくんは、ちょっと照れくさそうにしながらも、嬉しそうに微笑んでいた。
「しずく、よく頑張ったね。本当に嬉しいよ。」
その言葉に、しずくの胸が温かくなった。
「ありがとう、ゆうくん。」
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ふと、グラスの内側に残ったいちご牛乳の跡が目に入った。
指先をグラスの縁にそっと這わせ、残りをすくい取る。
そして、その指を無意識に舐めながら、心地よい余韻に浸った。
「んっ……おいしい。」
唇についたものを舐め取るしずく。
その仕草に、ゆうくんは少し照れくさそうに笑った。
しずくは、その表情を見て心が満たされるのを感じた。
「本当に嬉しいよ、しずく。」
「……うん。」
しずくの胸が、ゆっくりと温かくなる。