第15話 しずくの試練
しずくは、目の前の500ミリリットルの特製いちご牛乳をじっと見つめた。
「……これが、中級の昇級試練……?」
普段のいちご牛乳よりもはるかに粘度が高く、揺れるたびに重たそうなとろみが見て取れる。
乳白色に薄いピンク色、そして僅かに黄色味がかった液体が、グラスの内側にまとわりつくようにゆっくりと動いた。
ゆうくんは優しく微笑む。
「そうだよ。普段のいちご牛乳は、これをベースにして薄めて作ってる。本来のいちご牛乳は、こっちの方なんだ。」
しずくの喉が、ごくりと鳴る。
普段のいちご牛乳でも十分に濃厚で、飲み込むたびに喉に絡みつく感覚があるのに——
これは、それ以上のものなのだろうか。
ゼリーの数も、明らかに多い。
それどころか、一つ一つが大きく、どっしりとした存在感を持っている。
「……これ、どんな味がするの?」
「全ての特性が上がっているとみていいよ。」
ゆうくんはしずくをじっと見つめる。
「しずくなら、ちゃんと味わえば分かるよ。」
不思議と、不安よりも期待が混じる。
ゆうくんのいちご牛乳を受け入れることは、彼に近づくこと——
しずくは、そっとグラスを手に取った。
試練のはじまり
口に含んだ瞬間——
「っ……!!」
喉の奥が一瞬、完全に塞がれたような錯覚に陥った。
粘度が高すぎる。
ドロリと重くまとわりつく液体が、舌の上にへばりつき、容易に喉へと流れていかない。
(なにこれ……飲めるの……?)
無理にゴクリと飲み込もうとするが、まるで重たい油膜が喉の奥に張りついたようで、一向に落ちていかない。
「……っ、ん……!」
慌てて水を求めるように口を開くが、そこへさらに追い討ちをかけるように——
ゼリーの塊が、喉の奥で詰まった。
「……ッッ!!」
苦しい。
息をするたびに、ゼリーの塊が喉に引っかかる感覚があり、思わず顔をしかめる。
飲み込めば、喉を圧迫するような異物感。
噛めば、口の中に広がる強烈な弾力とねっとりとした液体が絡みつく。
「これ……っ、きつい……。」
自然と、眉間に皺が寄る。
普段のいちご牛乳とは違い、喉を滑り落ちる感覚がまるでない。
いや、それどころか——
喉を通るのではなく、喉にまとわりついていく。
(……気持ち悪い……。)
喉の奥にへばりついたゼリーと液体が、しつこく張りつき、胃へ落ちていく感覚すらも鈍くなっている。
このままでは飲み干せない。
なんとかして方法を考えなければ——
試行錯誤
しずくは冷静に思考を巡らせた。
① ゼリーを先に液体の中で潰してから飲む
→ ゼリーが消えたことで、液体の密度が増し、さらに飲み込みにくくなった。
② ゼリーだけ口に入れて潰してから、いちご牛乳で流し込む
→ ゼリーの弾力が喉に残り、液体と絡まることで、よりへばりつく感覚が増す。
③ ゼリーといちご牛乳を完全に分けて食べる
→ ゼリー単体の食感が異様にきつく、弾力とネバつきのせいでなかなか喉を通らない。
(どれも……きつい……。)
苦戦しながらも、少しずつ飲み進める。
しかし、どの方法も結局「楽な方法」とは言い難い。
(……やっぱり、いつも通り飲むのが、一番バランスがいいのかも……。)
ポツリと零れた言葉が、頭の中で響いた。
次の瞬間、しずくはハッとした。
気づき
(……あれ?)
今、自分は何をしていた?
苦しさを軽減するために、あれこれ試していた。
"楽"に飲み干すために。
(……私、これ……。)
「……逃げてたんだ……。」
静かに、言葉がこぼれた。
試練を突破することだけを考えていた。
ただただ、飲みやすい方法を模索し、苦しさを回避しようとしていた。
ゼリーが飲みづらいから、どうにかして飲み込みやすくする。それは、試練を乗り越えるための工夫だと思っていた。
それは、ゆうくんの思いから、逃げていたのと同じではないか。
「私は……ゆうくんの思いに、ちゃんと向き合えてなかったんだ。軽視していたのかもしれない。」
喉を塞ぐ違和感。
胃へ落ちるまでの鈍い圧迫感。
粘りつく液体のまとわりつき。
それら全てが、ゆうくんの「伝えたいもの」だとしたら?
(……私は、避けていた。)
「楽な方法」を探し続けていた。
「苦しさ」を感じないように工夫しようとしていた。
でも、それは……
本当に、向き合っていたことになるの?
しずくは、そっとグラスを持ち上げた。
「……ちゃんと、受け止めよう。」
今度こそ——ゆうくんの想いごと、いちご牛乳を受け入れるために。