第12話 しずくの気持ち
しずくは、あいりがいちご牛乳を飲むことになり、心がざわつき始めた。
「もしかして、ゆうくんはあいりのことが好きなのかな?」
その思いが頭の中を巡る。
でも、ゆうくんはそんなこと何も考えていないかもしれないし、でもでも、もしかしたら、私がただの味見役だっただけなのかな、とも思う。
だって、ゆうくんはいつも「しずくに飲んでほしい」と言ってくれていただけで、私だけが
「特別」って言ったわけじゃない。
そこは思い込んでたのかもしれない。
そう考えると、いちご牛乳はゆうくんの気持ちが詰まったもので、私が受け止めたって、もしかしたらただの私の独りよがりだったんじゃないか。
でも、ゆうくんは優しいから、あいりに頼まれて、
断れなかっただけかもしれない。
そんな思いが頭をぐるぐる回る中、しずくは不安を抱えたままゆうくんの家に到着した。
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「あいり、いらっしゃい。僕はこれからいちご牛乳を準備してくるから、好きなところでくつろいでていいよ。」
あいりが楽しそうに部屋を見渡す。
「へぇ、ここがゆうくんの部屋なんだ。カウンターバーがあるなんておしゃれだね。でも、探したらエッチなものでもあったりするんじゃない?」
しずくが思わず顔を赤くする。
「失礼だよ。そんなものないよ。」
あいりはニヤリと笑って、すぐに続けた。
「あれ?しずくさん、なんでそんなものないって知ってるのかな?もう探索済みなの?」
「しっ、してないよ。」
ちょっとしか。
しずくは、あいりのからかいに少しだけ恥ずかしさを覚えながら思った。
あいりは深呼吸をして、ゆうくんの部屋の香りを楽しんでいる。
「これがゆうくんの香りかぁ、クンクン。補給しときます。」
しずくは苦笑いを浮かべ、軽く肩をすくめる。
「くすっ、あいり、何やってるの?」
「あんたはいつもゆうくんの匂いを補給してるんだから、文句いわないでよー。」
そう言うあいりに、しずくは少しドキッとする。
いちご牛乳の話をしているのか、心がざわつく。
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しずくがそんなことを考えていると、ゆうくんがいちご牛乳を持ってきて、あいりの前にグラスを置いた。
「へぇ、ショットグラスで飲むんだ。おしゃれね。」
あいりは興味深そうにグラスを見つめる。
しずくは、違和感を覚える。
グラスが小さい。初めて飲んだときの量は100ミリリットルだったけど、今のは半分の50ミリリットルだ。
ゆうくんが静かに言った。
「どうぞ。」
あいりはニコニコしながらグラスを受け取り、軽く一口飲む。
「うん、美味しいよ。普通のいちご牛乳だね。」
でもすぐに、あいりは期待していたことを口にした。
「でも、わたしが飲みたいのはゆうくんが作った特別ないちご牛乳なんだよね。」
しずくは少し驚いた。
「これは偽物だってすぐわかるよ。」
しずくは、心を痛めながらも黙って見守るしかない。あいりが求めていたのは、きっとあの特別な「いちご牛乳」だ。
あいりは、少し不安そうな顔をして言った。
「それとも、やっぱり私は飲まない方がいいのかな?」
ゆうくんは一歩踏み込んだ答えを返す。
「あいりって、結構鋭いね。びっくりしたよ。」
やっぱり、あいりはそれだけ感じ取っていたのだろう。
そう言いながら、ゆうくんはもう一度本物のいちご牛乳を準備し始めた。
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しずくは少し胸が締め付けられるような気がしたが、
あいりのために見守るしかないことを感じていた。
ゆうくんが再び準備を整えてグラスに注いだ。
「どうぞ。」
あいりがその匂いに反応し、目を大きく見開いて驚く。
「うっ、なにこの匂い。」
部屋中に強烈な匂いが広がった。
青臭さ、漂白剤のような匂い、発酵したような強烈な臭い。
あいりは鼻をつまみ、思わず顔をしかめた。
「なにこれ、ほんとに…臭い。」
しずくはその反応に胸が痛んだ。
けれど、このいちご牛乳の中にはゆうくんの深い思いが詰まっていることを、しずくはよく理解していた。
「うん、これが、ゆうくんのいちご牛乳。」
しずくは、少し胸を張って、あいりに言った。
あいりはそれを受け入れられるのか、ゆっくりとグラスを口に運ぶ。
その瞬間、顔を歪めながら、震える声で言った。
「えっぐい!水、ちょうだい!水!」
その苦しそうな顔を見たしずくは、少しだけ心が揺れた。
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しずくは、あいりの苦しむ姿を見ながら、心の中で思う。
最初に自分が感じたこの思いを、あいりにも理解してもらいたいと思う反面、
その気持ちがどれほど大切であったかを再確認している。
最初は嫌だったけど、飲んでいるうちに変わった。
その奥にある、ゆうくんの思いが、自分には感じられるから。