第10話 あいりの突撃
あいりは、教室の隅にいるゆうくんを見つけると、迷うことなく突撃した。
「ゆうくん、ちょっといい?」
ストレートに聞く。
「ねえ、ゆうくん……しずくが今日持ってきてた水筒、もしかして、ゆうくんがしずくにプレゼントしたやつじゃない?」
ゆうくんは少し驚いたような顔をしたが、すぐに冷静な表情に戻り、淡々と答えた。
「うん、しずくにあげたね。オリジナルのいちご牛乳を作って、それを水筒に入れて。」
あいりの目がわずかに見開く。
(やっぱりそうだったんだ……!)
ここまで確信を持てたのは嬉しいけど、ここで終わるわけにはいかない。
探るなら、とことん探る。
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「オリジナルのいちご牛乳?ふーん、そうなんだ。」
とりあえず軽く返しながら、あいりはゆうくんの表情をじっと観察した。
(誕生日でもないのに、わざわざプレゼント……しかも、"オリジナル"?)
その特別感が、あいりの中で引っかかる。
「なんか、しずくがね、こそこそしながらそれ飲んでるのよ。」
あいりはあえて何気ない風を装いながら、じわじわと攻める。
「だから気になってね。あのしずくが、あんな風に水筒を大事そうに持ってるのって珍しいから。」
ゆうくんは静かに聞いていたが、何も言わない。
その反応が、余計にあいりの興味を刺激する。
「ゆうくんもやるねぇ。なんであげたの?誕生日はまだ先だしねぇ。」
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ゆうくんは少し考え込むようにしてから、落ち着いた声で答えた。
「最近、しずくが色々と頑張ってたから、プレゼントしたんだ。」
「……ふーん。」
あいりは何気なく相槌を打ちながら、内心でその言葉を噛み締める。
("頑張ってたから"ねぇ……)
なんだろう。
この言い方、なんか変な感じがする。
本当に"頑張ったご褒美"ってだけ?
それにしては、ゆうくんの雰囲気が、何かを隠しているように見える。
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「でもさぁ。」
あいりは、わざと軽い口調で続けた。
「しずくにあげたプレゼントがそんなに特別じゃないなら、私もそのオリジナルのいちご牛乳、飲んでみたいって思ったんだけど?」
挑発。
これでゆうくんがどう反応するか。
しずくだけにあげたものなら、きっと何かしらの反応があるはず。
ゆうくんは一瞬だけ目を細めたが、すぐにいつもの冷静な表情に戻った。
「……あれは、普通じゃないから。」
「普通じゃない?」
「覚悟して飲まないといけないよ。」
その言葉に、あいりは思わず息をのんだ。
(覚悟……?)
そこまで言うなんて、やっぱりただのいちご牛乳じゃない。
ゆうくんは真剣な目で、あいりを見つめながら続けた。
「しずくなら、大丈夫だと思ったんだ。」
その一言が、あいりの胸に妙な感情を引き起こす。
(……しずくなら?)
なんで?
私じゃダメなの?
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あいりは、わずかに口元を引き締め、ゆうくんを見上げる。
「……へぇ、そんなに覚悟がいるものなんだ?」
ゆうくんは軽く頷いた。
「そうだね。」
「じゃあ、私も覚悟して飲んでみるよ。」
一瞬、ゆうくんの眉がわずかに動く。
「……いいの?」
「もちろん。」
あいりは、挑戦的な笑顔を浮かべる。
「そんなに特別なプレゼントじゃないなら、私が飲んだって問題ないよね?」
ゆうくんはしばらく考えた後、静かに頷いた。
「わかったよ。あいりにも作ってあげる。」
その言葉に、あいりは心の中で何かがざわつくのを感じた。
(やった……!)
でも、それと同時に、なぜか少しだけ胸がモヤモヤする。
(……"しずくなら大丈夫"って、どういう意味?)
あいりはその疑問を抱えたまま、ゆうくんと向かい合っていた。
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(私は……しずくに負けたくない。)
あいりはずっと、自分の魅力に自信を持っていた。
男子にもモテるし、しずくよりもずっと「女」としての魅力があると思ってる。
でも——
ゆうくんは、しずくにだけ特別なものをあげた。
(しずくじゃなきゃダメだった……?)
この胸のざわつきは何?
悔しい?
嫉妬?
それとも——
(私も、ゆうくんの"特別"になりたい。)
その感情が、あいりの中で静かに膨らんでいく。