山神。終息。
酷く胡乱な存在だった。山神の話である。
殺し屋稼業に日々を費やす彼は、日頃から、常に無気力な表情を浮かべていた。彼にとって世界とは、何一つ面白みのない、ただ邪魔な壁を壊し進むだけの、作業的なものだったのだ。面白くなければ、当然、表情だって浮かばない。
そんな彼の世界を奇しくも変えたのは、紛れも無く、僕だった。変える、とは山神の表現で、勿論、僕としては崩壊せしめたつもりだったのだが。
僕の幼馴染にして最大のコンプレックス、天香具山 翡翠。すぅちゃんが関わった最初の暗殺未遂事件で、僕と彼のファーストコンタクトが果たされた。それが幸運だったのか不運だったのかは、今となっては、最早考えるのも馬鹿らしいほどのことである。彼に会ったのが、僕にとって不運だと言うようになってしまったのなら、もう僕は、生きてる価値の無い人間になり果てたということに他ならないだろう。それほどに、彼の存在は、今となっては大きなものである。そしてそれはまた、彼にとっての僕も、そうであることを、無言ながらに示唆するものだった。
これはけして自慢とか自賛では無しに、僕が山神を必要としているに同じく、彼は僕を必要としていた。なんだかこれだけ聞くと気持ちの悪いホモ野郎に聞こえるかもしれないが、でも、事実は事実であって、それ以外の何物でもないのだから仕方ないだろう。山神によって僕の大切なものは何度となく守られてきたし、同様に、彼の守りたい世界を、僕は守ってきた。
だからこそ、僕らは最高の親友であるし、最強なのだ。
最強の僕らが組んだのだ、負けるだなんて、有り得ない。
壊す。何であれ、僕ら二人に壊せない者など、無い。それが例え、肉親との、血の因縁であったとしても。
*
先手必勝。わざわざ一度逃亡までしておいて、考えた作戦の最初はそれだった。竜太が、彼の出しうる最高速度で龍臣さんに肉薄する。部屋に仕掛けられているだろう装置は、今回は発動しなかった。
「単調だな。身構えるまでも無い」
失笑、とでも言いたげに、龍臣さんは手をふるった。一瞬、その手から繋がる閃光が見えて、次の瞬間には、竜太の身体は壁際に叩きつけられていた。ひるまずに立ち上がり、こちらに目配せ。分かってるよ、親友。
無策に突撃を続ける竜太をしり目に、僕は休まず手を動かしていた。元より情報戦を得意とする僕が、相手が誰であろうと電子機器を持ってきていないわけがない。
見たところ、この部屋は、壁全体にわたって対竜太用の装備がなされているようだった。装備の発動タイミングから言って、それは予めプログラミングされている機能と見られ、ということは、つまり、この部屋全体が、電気配線によって動いている、と。
ならば、崩すのは容易い。それは僕の専門分野だ。
「させるわけにはいかないな、萩野くん」
「っ!」
背後から響いた落ち着き払った声に、僕は咄嗟に振り返って防御態勢を取る。交差させた腕はほとんど何の障害にも成らず、僕の身体はあっさりと宙を舞った。一瞬で五発。それも一点を的確に、だ。駄目だ、死ねる。
「何やってんだよ、親友!!」
朦朧とした意識を引っ張り起こすかのように空中で竜太に拾われ、改めて僕は意識を壁に向けた。どれだけダメージを負おうが、基本的に龍臣さんは無視である。相手にすれば、その分効率が落ちる。
僕を地面に下ろすなり、竜太はまた無謀に特攻を試み、その都度部屋に仕掛けられた装置に吹き飛ばされた。そろそろまずいな、と思う。いくら竜太とて、あまりダメージを負い過ぎれば立ち上がれなくなるだろう。まぁ、とはいえ。
彼が何度も吹っ飛ばされた成果もあって、情報は揃った。こうなればもう、龍臣さんがどんな邪魔をしようと、僕の任務は終わったも同然である。
手元の装置に手を触れる。当然、龍臣さんの眼がこちらを向いた。
「やらせんと、いっただろう?」
極めて冷静に、確実に僕の意識を奪えそうな攻撃を、龍臣さんが繰り出してきた。彼の戦闘法は以前竜太に聞いた事があった。全身に仕込んだピアノ線による、引き裂きの攻撃。山神家の連中はどこまでもかっ裂くのがご趣味らしい。
さて、終幕かな。
龍臣さんの振るった糸が僕の喉元に達する直前、その軌跡が不自然に歪んだ。眼を見開くのは、勿論龍臣さん。
そして。
「終わりだ、親父」
部屋の装置は機能しない。何にも遮られず。本気の竜太は、龍臣さんの懐に、既に入り込んでいた。苦い物でも食べたみたいに、顔をゆがめて。
終わりだ、山神。
いつみても狂気的なごついナイフが、薙いだ。しがらみを。名を。……血縁を、余さず、払うかのように。
*
背負い上げた蒼ちゃんは、外面こそボロ雑巾の如くずたずたにされていたものの、どうやら致命的な怪我を負ってはいないようだった。洗脳だとか、そういった面についても、竜太が無いと言ったのだから問題は無いだろう。専門家の意見は重用すべきである。
無言で倒れ伏す龍臣さんを、竜太は見下ろす。その眼には、先ほどから諦観ばかりが渦巻いていた。竜太は、とっくの昔に、この結末を、肉親を引き裂く未来を、予測していたのだろうか。尋ねる気には、到底なれないけれど。
「なぁ、親友」
「何だよ、親友」
「俺ぁ、どうなんだろうな」
「知るかよ」
「はん」
自嘲気味に吐き捨てて、竜太は僕を置いて門に向った。ひらひらと、右手を上げる。
「お別れだぜ、顕正」
「……そう、なるのかな」
「山神 竜太はこれっきりだ。……俺はもう、この世界には飽きた」
そうかよ、気も無く答えて、去っていく友の背を、見遣る。
竜太は、彼は、きっと今後、誰ひとりとして殺める事は無いだろう。名を捨て、血を捨て、きっと。飽いた世界を捨て去って。表舞台に、降りるのだろう。それは、とても幸せな事なのだろうなと、僕は。
僕は、思ったけれど。
「竜太!」
呼びかける僕に、竜太は面倒気に振り返った。名は捨てると言ったろうがと、非難がましい眼を向けてくる。知るか。
「またな」
このまま、表舞台に戻るとして。それで僕の親友を止められるだなんて、まさか本気で考えちゃいないだろうな。言うと、竜太は、彼らしく、酷く豪快に、口元を歪めた。壮絶な、笑み。
「おうよ、親友」
瞬きの間に、彼の姿は消えていた。いいさ、どうせまた、どこかで会う事になるだろう。僕らはだって、親友だ。親友が会うのに、理由はいらないだろう。
僕も、帰ろう。日常に。壊れて楽しい、僕の世界に。
さよなら山神先生。中途半端で薄い感じですが、山神の活躍は今話でおしまいになると思います。終わりは近くて、なお遠いのです。どっちだか。
次回から、また日常の掛け合いに戻ります。
じきに終わりも見えてくると思いますので、どうか最後まで、お付き合いください。
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それでは、次回もお会いできれば光栄です。