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留。道中。

玄関で待っていてくれた美稲と合流すると、靴を履いて外へ。横に並ぶはずの彼女が玄関先を出ると同時に僕と逆方向に曲がり、違和感を覚えて振り返る。

「美稲、学校逆方向だよ」

「知ってるわ」

「そりゃあそうだろうけど」

二年も通ってて覚えて無かったら逆に驚かされる。美稲が実は相当の馬鹿なのではないかと邪推した時期もあったが、成績面から見ても、僕の精神状態に対する精巧過ぎるくらいのケアを見ても、その線は断ち切ったほうが賢明だろう。わざとか、天然か。美稲に限っては天然で片付けても良いような気すらしてくる。

「家に帰る事にする」

「なんでだ!?」

「眠いわ」

「そうかよ……」

決定。コイツは天然だ。天然培養のマイペースだ。思い返すまでも無く、彼女の両親も酷くマイペースな人たちだったな。どちらかでなく、どちらも。家庭が上手く作動してるのが奇跡に思えるくらいだった。

「また明日、顕正」

「明日まで起きる気ないんだな……」

「だって眠いもの」

「ようく分かったよ。おやすみ、美稲」

「ええ。いってらっしゃい」

僕の部屋でも言われたその言葉を聞いて、なるほど、いってらっしゃいとは自分が行かない前提でのセリフだった事を知る。あの時点から、或いは起きて僕の部屋に忍び込んだ時点から、既に彼女は僕を送り次第睡眠に戻る事に決めていたに違いない。

美稲の場合、睡眠を取って取り過ぎることは無いのだけれど。その身に巣食う、どうしようもない特性の存在の所為で。目先の問題というのなら、これも、どうにかしなければならない事象の一つだった。僕の足元には常に細かな段差が待ち受ける。それについては、まぁ、上等と言うしかなかった。迎え撃つ姿勢は出来ている。その前に、目の前の壁を打ち崩さなきゃいけないけれど。


なんて、言っては見たものの。蒼ちゃんの留学を潰すという今回の目的において、僕のやることと言えばきわめて簡単簡潔なものだった。知る人ぞ知る、だませーる君である。ある意味最強兵器たるこの電波発生気を使えば、ちょっとした意識の変革くらい造作も無い事だ。わざわざこれ以上に時間をかけて対処を遅らせることも無いので、学校に着き次第、情報を打ち込んで直ぐに仕事を終える。なんてことない、プログラムの一つで、今回の事件は、あっさりと解決の道に入ったのだった。

これで、この学校の重鎮は愚か、留学先の学校の意識からも、蒼ちゃんの留学の話は消え去っている事だろう。美稲の激励は少しばかり無駄になってしまったけれど、これにて、此度は御開きだった。


御開きになったはずだったからこそ、僕は怪訝に眉を寄せ、目の前の異常に声をかける。

「何やってんだよ、親友」

言わずと知れた、おなじみ、山神 竜太。殺し屋稼業で忙しいはずのコイツが此処にいる理由はまるで推測できなかった。

此処。

研究部部室、である。

時にして放課後。全ての授業を終え、いつも通り部室に足を踏み入れた時点で、違和感に気付くべきだった。カギは開いているのに、室内には誰ひとりの姿も無かったのだ。席を外しただけの可能性も考えたが、しかし、何処を見回したところで鞄の一つも置いていない。美稲は朝のやり取りから学校にすらいないことを知っているし、となれば、誰が解錠したのか。答えが、彼だった。

「何やってんだとは御挨拶じゃねぇの、親友。俺は親切にも手前に情報を持ってきてやったってのによ」

「情報?」

「ああ」

嫌な予感が壮絶に襲いかかってくる。駄目だ、特に、情報源が山神となればなおさらである。僕の予感は、いや、僕に限らず、悪い予感となれば、必然的に的中率は高くなる。

「あの娘、なんつったっけか、姉妹の、妹の方」

「……蒼ちゃんだ」

決定。嫌なニュース以外の何物でもないだろう。でも、留学の話なら完膚なきまでに無かった事にしたはずだ。文字通り、記憶の中から白紙に。

「そう、その娘」

思いだしたと言う風にポンと手を打って、山神は続ける。事実は小説よりも奇なり。しかし、それはどう考えても、奇だなんて言葉で表せるような事ではないだろう。

待てよ。


「連れてかれたぜ」


なんだ、それ。

「ちょっと待ってよ親友。言葉の意味がいまいち理解できない」

混乱なんてレベルの問題じゃない。どういうことだ、連れてかれたって。

「おい、落ち着けって。怖い顔すんなよ、親友」

「落ち着いてられるか! これがっ!」

「分かっけどよ、言いたい事は。最後まで聞けや」

「……続けろ」

焦燥露わに立ち上がりかけた僕を、山神が片手でいなす。確かに、不測の事態になると僕は酷く狼狽してしまう。良くない性質だった。改善しなければ、とは常々思うのだけれど。

「そうさな、この場合、連れてかれたってのはそのまんま、誘拐の意味だ。そんで、その犯人ってのが」

寸前、少しだけ躊躇う素振りを見せた山神だったが、僕の目を窺って、ため息をつき、そのまま言い放つ。

「――――山神家」

「っ」

瞬間、否、刹那、否、涅槃寂静の間。山神の言葉が終わり切るより数段速く、疾く、力任せに襟首を引っ掴み、彼の身体を壁際に叩きつける。意外なほどに抵抗無く、山神はあっさりと生殺与奪を僕に握らせた。そもそも、弁解のつもりもないようだ。ならば話は早い。

「どういうことだよ、山神」

一から十まで、零から百まで、小数点一つ残さず余さず、逐一全部、吐きやがれ。自分の喉から出ているとはおよそ思えないくらいどすの利いた声音で、僕は問い詰めた。なぜ、そこでお前の家名が出てくるんだよ。留学の件が失敗したわけでは、どうやら無さそうで、その事実が余計に僕を苛立たせる。素直に留学させておけば彼女は被害に遭わなかったと、そう言いたいのか、世界。あまりふざけた事を抜かしやがると、ぶっ壊すぞ。

「ああ、ああ、弁解はしねぇよ。しねぇから、手ぇ離せや。それに落ち着けって言ったろう。気ぃ抜くなよ、手前、今回は割かしマジだぜ」

ほんの少しばかり息苦しそうに言う山神の言葉に半ば本能的に従い、考えるよりも先に締めあげていた右手を離す。

「はん、ったく、お前、あの娘らの話になると一気に血が上るのな。ああ待て、拳を解けよ親友。怒らせるつもりはねぇって」

軽口を続ける山神に、しかし機先を制され、僕はしぶしぶ握りこぶしを解く。一々遠回りが多いんだよ、お前は。

「……、ん、ようやく落ち着いたみてぇだな、上々だ。じゃあ、手っ取り早く薦めるぜ」

「時期的に牡蠣かな」

「いや、俺はありゃ苦手だな。やっぱ蟹が王道だろ」

「うん、僕も牡蠣は苦手だ」

申し訳程度に僕らの間合いを取りなおす。壊れかけた感覚が、ようやくもどってくるような気分。

「なぁ、萩野。それが世界の暗黙の了解ってやつで、場合に限って、それを取り成す仕事があったとすれば、どう思うよ」

「回りくどいんだよお前は。いい、もう理解した」

「そりゃあ重畳だ」

投げやりに行って、山神は以降の説明を破棄する。聞かずとも、彼の言いたいところは理解した。

様々な権力や事情が渦巻く社会の中で、暗黙の了解と化した事象があったとする。それがずれることにより不利益を被る処があれば、其処は間違いなく、それの保持に努めるだろう。

どの企業かは知らないが、山神家に依頼をしていた組織があるらしい。そして、事情の中心が全部忘れている事に違和を感じ、依頼の遂行の為に、暗黙の了解を再構築し直そうと。

「でも、蒼ちゃんを誘拐したところでどうなるんだよ。彼女が望まなければ、留学なんて無理やりさせられるものでもないだろうが」

「だから、俺達が俺達なんだろうが」

「……」

「山神の力を舐めんなよ。あの娘が留学の勧めに従わねぇなら、直接的な拷問だろうが、何かを誰かを盾にとって脅すやり方だろうが、もしくは精神を狂わせて無理に従わせるか。どんなでも、やりようはあんだよ。えげつないぜ、俺らの世界は」

自戒の籠った口調で喋る山神は、言い終わると同時に小さく舌打ちを混ぜる。らしくない表情をする。だから、山神は本家を嫌うのだろうが。

「正直、うんざりなんだよ、奴らのやり方も、殺し稼業も」

「だろうね。……把握した、僕は僕のやりたいようにやるよ」

「ったりめぇだ」

「止めないのかよ」

「止めるわきゃねぇだろが」

即答する山神に、かける言葉を失くして黙り込む。本家などどうなっても良い、家族など、滅び切ってもいい。その即答はそういう意味に繋がる。分かった上での、即答だろう。

「勿論、君にも手伝わせるつもりだぜ」

「分かってねぇとでも思ってたのかよ」

「話が早いよ」

微笑んで、電源を入れておいたパソコンの前に座る。情報は基本的に山神が握っているのだろうが、客観的な位置からの情報も持っておきたい。それでなくても、コイツは本家に信用されていないし。

山神家の異端児、鬼才にして奇才して天才、竜太。

高過ぎる能力を幼少から発揮し、業界で名を知らぬものはいないとまで言われる彼を信用するのは、家柄からしても避けざるを得なかったのであろう。裏切られれば、たった一人相手に本家が瓦解する可能性もあったのだ。距離を置いて、圧力をかけたいに決まっている。

「調べはついた。君の持ってる情報は断片だけみたいだ。七十パーセント嘘だね」

「だろうよ」

「行こうぜ、親友。ちゃんと、覚悟出来たならな」

「誰が誰に言ってんだよ、親友」

はっ、と笑って、彼は壮絶な笑みを湛える。


「奴らを終わらせるなら、そりゃあ俺だ」

作者だって予想していなかった超展開。何も無しで終わるわけにいは行かぬのです。果たして運命や如何に。なんて。


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