奔走の跡。反省。
放課後になっていた。あの後学校に登校しつつも一日授業をさぼると言う前代未聞の荒技によって地下の装置を解体し、書きとめていた空想理論なんかのノートも全部破り捨てることによって、僕の「世界崩壊」は終わった。最終的に崩壊したのは僕の計画だけだったなんて、救いようの無い落ちもついてしまったけど。それはそれで、仕方ない。それにそれは、僕にとって、本当の意味で救いだったから。
象っていた形状を忘れさせられた部品たちが、段ボール詰めになって実験室の床に無造作に置かれていた。まぁ、装置の為の特注とかってわけでも無いし、すぐに別の発明で使えるだろう。その前に、当分僕は研究に着手なんて出来ないだろうけど。願わくば僕に一片の勇気を。あるいは、ひらめきを。
マッドサイエンティストを自称する僕の目的は最早死滅したに同然だけど、でも、目的を失くした僕には新たな目的として足る事象が残ってもいる。言うまでも無く、美稲の病状の改善である。超自然ですら成し得ないはずの効果をもたらすはずだったあの装置を作れたのだから、病気を物理的に失くす機械だって、僕には発明できるかもしれない。彼女を助けるためならば、僕の才能を惜しむ場面は無い。
「何してるの」
今後の活動について心中模索していると、平坦な声が背中越しに届いた。振り返るまでも無く、僕はその声に返す。
「知識欲の充足だよ、美稲」
「そう」
再びかかってきた声も、やはり平坦なものだった。気配が近づいてくる感覚があって、その通りに、美稲の顔が後ろから僕の手元を覗きこむ。今更この距離感に恥じらいを覚えるような立場に、僕らは居なかった。
「いりょう……?」
「ああ、うん。医療関係の本なんだよ。僕の発明には著しく専門知識が欠けてるからね」
「そう。……あんまり、気負わないで」
「大丈夫だよ」
「うん」
病気の事を言っているんだろう。僕は、僕の所為で美稲が病を発症したと思い込んでいた節がある。今となってはそんな莫迦らしい勝手な妄想をすることも無くなったが、事実そんな時期もあったわけだから、美稲の心配は尤もだろう。僕としては、もう同じ過ちを繰り返すつもりは無い。それでも幾度となく繰り返すのが人間なのだろうけれどね。
「顕正には、私たちがいるから」
だから、間違わせない。そういって、美稲は自分の陣地……というか、奥の準備室に消えて行った。色々あったけど、どうやら美稲は何一つ変わっていないらしい。他の皆は、それぞれ出会った頃とは違っているのに。美稲だけは。深層心理で、これ以上の成長を拒んでいるのだろうか。進化し過ぎる肉体に、精神が抵抗しているのだろうか。違うな。美稲は、変わる必要が無いから変わっていないだけだ。僕の隣に居ると、そうとだけ決めているから。変わりようがない。そんな話を、いつだったか聞いた気がする。
兎角、僕は次の目標に向かって奔走するだけである。願わくば、美稲を、普通の身体に戻してやることが出来れば。
「あ、ちょっと、何勝手に落とそうとしてるんですか。反省がまだですよ」
「……蒼ちゃん……」
何でこのタイミングで。一番厄介な子が。
「何でこのタイミングで、とか、一番説教くさくて厄介な奴が、とか思ってるでしょう」
「やだなぁ、説教くさくてなんて思ってないよ」
「他は思ってるんですね」
「いいえ、全部思ってます」
上履きを投げつけられた。素直な僕はいつも損ばかりである。……悪いのは僕だった。
「ていうか、蒼ちゃん、いつの間に」
「今さっきですよ。丁度二瓶先輩があっちの部屋に入るくらい」
「全く気がつかなかっいてっ」
今のは理不尽な気がするよ!?
「いえ、後輩が来たのに気付かない先輩の方がよっぽど失礼です。来るなり悪口ですし」
「うぅ。それは悪かったよ……」
これまた素直に謝罪すると、蒼ちゃんは一転、しおらしい感じでうつむいて、上目づかいに僕を見上げてきた。
「私、そんなに嫌な奴ですか?」
「死んで詫びようか」
「わー、わー! 何をどうしたらそんな結論に至るんですか!」
「五月蠅い! こんなに可愛い後輩の女の子にそんな表情をさせるような奴は取りあえず死んで詫びるべきなんだ!」
「あ、えっと、うだー! もう、恥ずかしいこと言ってないで落ち着いてください!」
「僕はいつでも正気だけどね」
「落ち着くの早っ」
未だ微かに頬を赤く染めたままの蒼ちゃんに向き直り、僕は息を吐いて椅子に座りなおした。あー、疲れた。そうでなくても今日は日中解体作業で忙しかったと言うのに。納得いかないのか、蒼ちゃんは小声で「これだから女誑しは……」とか不本意極まりないぼやきを漏らしていた。
「あれだよね。蒼ちゃん相手だと、僕が突っ込み役にならなくて済むから気が楽だよ」
「その分私の心労は溜まるんですけど……」
「普段他の三人を相手取ってるんだから君ぐらいは拠り所で居てくれないともたない」
「そんな真剣な顔で言われてもですね」
だって真剣だもの。彼女ら、特に明音さんとさしで話してみると良くわかるだろう。
「や、それは遠慮しておきます」
「でしょ」
「はい。……それに、他の人じゃ成れない立場っていうのも、ありですしね」
「ん?」
「だ、だから、拠り所とか、そういう」
恥ずかしげに呟く蒼ちゃん。うむ、僕の発言の、当初の目的は此処に達成された。
「なっ!? 最初から打算だったんですか!?」
「蒼ちゃんもまだまだだね。そんなんじゃ一生僕の手の平の上だ」
「え? 一笑ですか? なら笑わせちゃえば良いんですね。ちょっと失礼」
「待て! 待って! なんでそこで擽りに移行出来るんだ!? どんな脳内変換がうわっ、ちょっと、僕それ苦手なんだよっ」
僕のわき腹を狙って手を伸ばしてくる蒼ちゃんを必死に牽制しつつ、さりげなく椅子を立って後ずさる。一色即発、まさに膠着状態と言える状況だった。じりじりと、にじり寄るようにして蒼ちゃんが僕との距離を詰めてくる。くっ、もう後が無い。どう逃げれば……。
「先輩、覚悟です!」
と、ついに蒼ちゃんが思い切り一歩踏み出してきた。あまりに思い切った挙動に反応が一瞬遅れ、無念にも僕は逃避に失敗してしまった。腰に抱きつくような形で飛びこんできた蒼ちゃんの身体を、甘んじて受け止める事になる。って、あれ? なんで抱きつかれてるんだ、僕は。
「ちょっと顕正くん! 何やってんのさ!」
「緑、君はまたなんつータイミングで……」
「わ、ち、違うの緑っ。これはその……」
慌てたように僕から飛びのいて取り繕う蒼ちゃん。その動作が何より怪しまれるべきものだと思う。空回り具合にある意味脱帽した。この子だけは、マトモな子だと思ったんだけどな……。
「顕正くん……。朝の件を快く許してもらったからって、もうそうやって浮気してるの?」
「落ち着け緑。僕と君がどうこうしていたなんて事実は全くの無根だ」
「そう、そうやって何もかも無かった事にしようとしているのねっ!」
「顕正、それ、どういう事」
「なんでこんな時に限って向こうから出てくるんだよ君は!」
謀ったとしか思えないタイミングで準備室から出てきた美稲に叫び声を上げる。端から見れば女子三人に言い寄られている最低の女誑しで、実情は不条理な責めに身を震わせる子羊くんに他ならなかった。
「あら、顕正。楽しそうね」
うん、解っていたよ。明音さんみたいな人がこの状況で出てこないはずがないことくらい。
崩壊は終わったはずなのに、僕の世界は着々と責め壊されているようだった。何故か、崩壊を止めたはずの彼女らの手によって。
……おかしくない?
直前話までのテンションは何処へとやら。そんな感じで、ギャップを出せていれば成功です、はい。
宣言通りまだしばし続くので、一段落ついたからなんて見捨てずにお付き合いいただければと思います。
それでは、感想評価等頂ければ幸いです。