出発前夜。スッタァンガン。
今回は若干長いです。んで、脈絡もないんじゃないかな。
護身ってやつは、自分の身を守ることであって、であるからして、自らのピンチに手加減とか、そんな甘っちょろいことを考えているようでは死ぬわけで。
であるからしての、この惨事である。いや、だから、この論理で行くならば、そう。僕の、正当防衛である。断じて。断じて、過剰防衛などでは無いことをここに書き綴っておく所存だ。
読者諸君ほどのものなれば、分かってくれるここと信頼する。
さて、では、語ろう。僕と美稲の身に何があったのかを。舞台は、無論のことゲームセンターである。
「ユーフォー、弱い」
ぼそっと呟くようにしてゲームに文句をつけたのは美稲だ。そんなこと言ったって、そう簡単に取れてしまったんじゃあゲームセンター側が大赤字なんだよ。
「詐欺だよ。顕正、これ詐欺」
「ああはい、そうだね」
適当にやり過ごして、僕は他の筺体を物色していた。不満そうに頬を膨らませた美稲は、「ジュース買ってくる」と言ってゲームセンターを離れた。全く、短気な娘である。僕の娘でないことは言うまでもない。
しばらく思考して、僕はおもむろに、先ほどまで彼女が挑戦していた筺体にコインを入れた。あいつが狙っていたのは、確かなんだか味噌臭いことで有名な「ミソネコ」のぬいぐるみだ。なんであんなのが欲しいのかは定かではないが、まあ、獲ってやろうと思う。何度も言うように、美稲は笑顔だけは魅力的なのだ。二百円くらいなら払ってやってもいいほどには。アームを操作してぬいぐるみの胴体を補足する。こういう頭のデカイ景品は、足から上げて落とすのが通例だ。僕の読みが当たったようで、ミソネコはアームの上昇に合わせてその体を……微塵も上げず、つまり、微動だにしなかった。
「アーム弱っ!?」
まさかここまで力が無いとは。さてはこの店、獲らせる気ないだろ。だが。
喧嘩を売る相手を間違えたね。僕に牙をむいたことを後悔させてやろう、ミソネコめ。
30秒後、僕の手には見事獲得した景品が抱えられていた。あの絶望的なまでに弱いアームで如何にして景品取得に至ったのかは、ここでは言えない。法に触れるから。ただ一つ、僕は天才科学者なのだ。
大いに満足した僕は、これ以上ゲームに執着することもなし、きっとゲームセンターの外のベンチで拗ねているであろう美稲の元へと向かった。ほんとに味噌臭いな、このぬいぐるみ。
ゲームセンターを出ると、見慣れた容姿と聞きなれた声で話す少女が、見慣れない容姿と聞きなれない声で話す大学生くらいの男3人ほどと会話していた。少し離れた所から見る限り、あまりよい雰囲気ではなさそうである。
会話の一部をここに記そう。
「ほら、いいじゃん? 連れもいないんでしょ?」
「……いる。今はゲームセンターに入ってるだけ」
「ほらー。君みたいな子ほっておいて遊んでる奴なんかシカトしてさ、俺らと遊ぼうぜ」
「嫌。別に放っておかれてるわけじゃないから」
「そう言わないでさ。ちょっとだけ。奢るよ」
「いらない。……っ!」
「めんどくせ―な。来いっての、分からないのか?」
「離して……っ」
「うっせ。ほら行くぞ」
まあ、これくらいでいいだろう。状況を要約すれば、どうやら美稲が知らない連中にナンパされて、断ってんのに無理やり連れてかれそうってところ。やれやれ、だ。もてる女の子と一緒にいる男ってやつは、つらいねぇ。
「待たれよそこの軽薄そうな男ども」
努めて平坦な声音で呼び掛けると、僕の声に気付いたのか美稲がこちらを向いて、それにつられて男たちの視線も僕に向けられた。
「なんだよ、お前」
「その子の連れだけど」
「ふぅん。で、何か用かよ」
日本語知らないのだろうか。連れだって言ったじゃん。
「ほら、だからその子、返してほしいなぁ、なんて」
「それは無理な相談だな。この子は今から俺らと遊ぶの。な?」
男のうち一人が美稲の腕を引っ張って無理に引き寄せた。馴れ馴れしく肩など抱いている。
「違……う、離して」
弱弱しく抵抗する美稲。ああ、もう。そろそろいいかな。笑顔の美稲は可愛いけど、いや、確かに困ってる美稲ってのも、可愛いには可愛いんだろうけど、違うだろ。そんなの僕は望まないし、僕が望まないことを美稲は率先してやらない。
「物わかり悪いなぁお兄さん方。あんまししつこいと、ちょっとばかし痛いことになるよ?」
「ああ?」
「んだよテメェ、俺ら3人相手に喧嘩でもするつもりかよ」
んなわけがない。僕は腕力はおろか、筋力そのものに自信がないんだから。そろそろ感づいてくれないかな、この自信に。
「しつこいって。いい加減放せよ、その子を」
「しつこいのはテメェだよ、死ね!」
如何にも頭の悪そうな、ついでに気も短そうな男が、そうそう煽ったわけでもなしに殴りかかってくる。交渉決裂。そして、暴力は反対だ。
僕は、ジーパンのポケットにひそませておいた小さめの、ひげそりみたいな形の機械を手に持った。電源ボタンを押し、電気の弾ける音を聞いてから、それを殴りかかってきている男に押し当てる。
「ぐぇっ?」
変な声を残して、男の体が沈みこんだ。わけがわからなそうにこの光景を見ている残りの二人の方に歩み寄りながら、手元の機械を見せてやる。
「スタンガン。厳密にいえば僕が改造した名称スッタァンガンだけど、まあいいや。用途は、分かるよね?お二方」
ちらりと倒れた男に目をやると、彼は床に伏したまま白目をむいて痙攣していた。ちょっと電圧を強くし過ぎたかな?
「な、なんだよお前。いかれてんじゃねぇの?」
失礼なことを言ってくれる。まあでも確かに、自称マッドサイエンティストだよ僕は。ビビったのか硬直している二人の男に、逃げる様子が無いようなので仕方なくスッタァンガンを押し付けてやる。面白いほどに相手の体がはねて、直後、両名とも例外なく床に落ちた。
電源を落として、またポケットに忍ばせる。使うのも久しぶりだな、これ。
「美稲、無事?」
「うん。ありがとう、顕正」
いえいえ。この凶器や倒れている男たちについては突っ込まないあたり、とても彼女らしく思えた。いい感じに狂っているのだ、僕たちは。
誰かに発見される前にその場を離れて、僕はいい加減臭いが気になってきたミソネコを、美稲にプレゼントした。僕が期待した通りの笑顔と言葉を、彼女は返してくれた。なんというか、それだけで、いいのである。過程より結果。僕は科学者なのだ。
余談だが、その日僕は家に帰った後、コインロッカーに預けっぱなしの大量の荷物について思い出して、一人で再度ショッピングモールまで出向くことになったのだった。
明日は、いよいよ研究部の合宿である。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。前書きでも記したとおりに、今回はなんか他と比べると少し長いです。これからはこのくらいが続いちゃうのかな……。
それでわ、いよいよ研究部合宿になります。違法行為まっしぐらな彼らの日常を、是非覗いてやってください。
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