崩壊。結果。
壊れろ、世界。
願いの籠った指先は、あっさりとスイッチを押しこんだ。カチリ。後戻りの効かない、強制終了の機能を持たない装置が発動する。
淡い緑色に輝く真ん中の装置が、部屋中を染める強い光を発した。発して、
止まった。
……あれ?
「どうしたよ、親友」
困惑顔の僕に、山神が軽い調子で声をかけてきた。振り返ると、その顔には微かに笑みが乗っている。この野郎……っ。
「お前が止めたのかよ」
怒りも露わに、僕は彼に目を合わせて睨む。殺気を隠す気にもならず、たたみかけるように叫んだ。
「お前が止めたのかって聞いてんだよ! 山神!!」
装置が止まった。発動しなかった。あんな動作は組み込まれていない。スイッチを押せば、装置は莫大な駆動音と共に人間の耳には届かない超音波を、地球の奥深く、核に向かって発射するはずだったのに。
「違うね」
おどけたように肩をすくめて、山神は僕の言葉を否定した。怖い怖い、ふざけてるとしか思えないセリフを吐く。
「言ったろ、俺は止める気はねぇんだって」
「……だったら、なんだってんだよ」
「つまりだ」
勿体ぶって山神は大げさに腕を広げ、そして、右の手を地下室の入り口に向けた。自然、彼の指先に目線が行く。
その先には。
「……っ」
声が出ない。なんで。なんで君が、此処に居るんだよ。
「おはよう、顕正」
「明音さん……?」
「挨拶はどうしたのかしらね」
「そん、なことっ……」
詰まる喉を必死に開いて、僕は言葉を繋げた。
「そんなことより、なんで君が此処に居るんだよ!」
「止めに来たのよ、貴方の計画を」
当然のように、彼女は言った。
「そこの殺し屋さんに依頼したのは赤坂姉よ。昨日の内に、ね」
「な……っ。でもなんで、緑と山神が連絡つくんだよ」
「文化祭の日よ。貴方と彼が別れた後に、あの子が偶然彼と会っていたの」
「まぁ、そういうこったなぁ」
どうでも良さ気に肯定する山神。やっぱり知ってやがったんじゃねぇか、この野郎。
「どうやって、止めたんだよ、これ」
「二瓶さんが知っていたわ」
「え……?」
「二瓶さんは、助かる気は無かったみたいよ。貴方に苦しい思いをさせるくらいなら自分が耐えるってね。それで、ここのブレーカーを落とせば電力供給が出来なくなるって聞いたのよ。実際ブレーカーを落としたのは赤坂妹だけどね。二人とも、此処に向かっているはずよ」
そんな馬鹿な、呟いた言葉は音に乗らなかった。何なんだよ、これ。僕の計画は、失敗したっていうのか?
「そういうことね、残念ながら」
「なんで、こんな……」
茫然自失の体で、僕はかろうじて呟く。なんで君たちが、僕を止めるんだよ。他でも無い、君たちが!
「ふん」
僕の質問に、彼女はあたり前のように答えた。
「貴方、死ぬつもりだったんでしょう」
「!」
顔が強張るのが分かった。そこまで、ばれてたのか。
「人生の目標を達成して、そしたらもう貴方が世界に生きる理由は無いものね。二瓶さんを助けて、ついでに世界から悪を除いて、それで英雄になったつもりで命を断とうって魂胆だったのかしら?」
「……」
沈黙は、この場合これ以上ない肯定になりえる。分かっていても、返事は出来なかった。
「顕正」
「……何」
憮然と応じる僕に、およそ初めて、明音さんは声を荒げた。
「ふざけるのも大概にしなさい! 貴方が死んで、助かって、それで二瓶さんが喜ぶと思っているの? 用済みとばかりに切り捨てられて、それで私たちが傷つくのが分からないの!? 自分が死ねば全部済むなんて、そんなの、ごうまん、よ」
涙で掠れる声を気にもせず、明音さんは言いきった。ここまで追い詰められた彼女は、でも、今この時まで涙を堪えていたと言うのだろうか。全部、僕のせいなんだろうか。ふと見ると、山神の姿は消えていた。気を利かせたつもりかよ、馬鹿野郎。
「先輩! 生きてますよね!?」
「顕正くん!!」
蹴破らんばかりの勢いでドアを開け、赤坂姉妹が顔を出した。二人とも、その顔は涙でゆがんでいる。ああ、いや、違うか。歪んでるのは、僕の方だ。おかしい、景色が歪んでしか見えない。目をこすって、そこで初めて自分が泣いている事に気付いた。
三人とも、黙って僕の方を見つめている。僕の言葉を、待っているようだった。
「ゴメン、皆」
言える言葉は、たったの一言しか無かった。ゴメン。勝手に動いて、勝手に切り捨てて。相談すればよかったんだろう。そうすれば、彼女らはきっと僕を正しく導いてくれた。こんな発明に頼らずとも、強く生きる道を教えてくれた。美稲の病だって、いつかこの手で治す方法を思いついていたかもしれない。なんで僕は間違ったんだろう。死んだら、何もかも意味が無かったと言うのに。
「ゴメン、明音さん」
「ふん」
鼻を鳴らして、彼女は僕から目を逸らした。「分かればいいのよ」と続ける。
「ゴメン、蒼ちゃん」
「許しますよ、私は」
そう決めてましたから、なんて言って、笑った。
「ゴメン、緑」
「あたしに許さないなんて選択肢は、そもそも存在しないよね」
「……そっか」
「そうだよ」
「美稲」
「……」
呼びかける僕に、静寂が訪れる。居るのは分かってる。こんな場合、一番初めに動くのは、間違いなく美稲だ。
「……顕正」
沈んだ顔の美稲は、ドアの陰に隠れていたらしかった。顔を出して、俯く。
「ゴメンな、美稲」
「……ううん」
首を横に振って、美稲はゆるく微笑んだ。
「いいわ。顕正、頑張ったから」
「そうかよ」
仕方なしに僕も笑って、言った。
初めから分かっておくべきだったのに。今になってそう思う。僕一人が、彼女らに敵うわけなんて、あるはず無いじゃないか。まったく、僕は愚かだった。腕時計としてしか機能しなくなったそれに目を向けて、僕は口を開く。
「一度帰ろうか。まだ登校には早すぎる」
「そうね」
「うん」
「はい」
「分かったわ」
それぞれ一様に返事を返して、堪え切れなくて、結局、笑いだした。
別れ際。こじ開けた昇降口に鍵をかけ直し、僕は彼女らに向き合う。かける言葉は一つしか見当らなかった。
「じゃあ、また後で。……僕らの、部室でね」
一人で勝手に奔走して、一人で勝手に壊れて行った僕自身の崩壊は、ようやく終わりを告げた。何一つ、解決はしていない。美稲の病気だって残っているし、蒼ちゃんの留学も、もうすぐそこだ。知らないだけで、問題はまだまだ残っているだろう。けれど。
取りあえず目先の問題は、地下室の装置の解体、かな。
一段落。ここで終わりかと思いきや、ごめんなさい、もう少し続きます。彼が言うとおりまだ未解決な問題があります故。
まだもうちょっと、お付き合いください。
それでは、感想評価等頂ければ幸いです。
追記;今更になってとんでもな誤表記に気付きました。途中明音さんのセリフに地の文が……っ。申し訳ありません。