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崩壊。決行。

冬の朝は遅い。故に、六時前に家を出た僕の前に広がる世界は、未だ街灯を頼りに照らされる、暗く青い道だった。この時間の空は、どこか不思議な感じがする。黒くも無く、また、青くも無い。濃い藍色の空。夜の色とは似つかない、朝特有の、藍。

一歩一歩踏み締めながら、僕はアスファルトの真ん中を歩いた。車なんて滅多に通らない道で、その上この時間だ。危険も何も感じなかった。通勤ラッシュとまではいかない、まだ座る余裕のある電車に乗り込み、しかし座らずに二駅分の道のりを行く。

努めて何も、考えないようにしていた。きっと考えてしまえば、躊躇いが生じる。今更、何も躊躇うべきではないから。

電車を降りて改札を抜けるとすぐに、通いなれた学び舎が目に着いた。もう何度この道を歩いただろうか。時には美稲と共に、また時には、偶然会った明音さんや、緑や、蒼ちゃんと共に。一時だけど、すぅちゃんと一緒だった事もあったっけ。

閉じられた校門を乗り越え、校内に不法侵入を果たす。犯行を咎めるための防犯カメラも、警報装置も既に僕の手中に在った。何一つとして心配要素は無い。無感動に昇降口までの道を歩いて、鍵をこじ開けてげた箱へ。最低限の礼儀として上履きに履き替え、僕は部室では無く、普段けして人の立ちいる事の無い、どころか、そこにあることすら知られていない地下室へと足を向けた。だませーる君によって人々の意識を外に向け、入口を隠していたのだ。合鍵は、唯一僕が持っていた。解錠し、中へ。

入ってすぐ右に位置するスイッチを押して、部屋に明かりをもたらす。パッと予備動作無く蛍光灯が発行して、巨大なそれを照らした。

筒状の、背の低い機械が部屋を埋め尽くさんばかりに立ち並んでいる。他より背の高い柱が一本だけ立っていて、その周囲は、緑色の光に包まれていた。腕時計の螺子を緩ませ、起動スイッチを顕にする。半径二ミリのこのボタンを押せば、後はこの学校の電力を総動員して、装置が発動する手はずになっていた。押すだけ。その動作を、しかし僕はあっさりとこなす事が出来なかった。

「全く、何を躊躇ってるんだかね、今更」

自嘲気味に漏らした声に、応える声は勿論無い。はずなのに、声が届いたのは背後からだった。

「ほんとだぜ。ここまで大掛かりにやっておいて、今更何を迷ってんだ、親友」

「……なんで、直前に顔を見るのがお前なんだよ、殺し屋」

「はん」

僕の言葉に鼻を鳴らしたソイツ……山神に向かって、僕は当然の疑念を吐きだした。

「どうしてここにいるんだ?」

「そりゃあ、お前の行く先を見届けに来てやったんだよ。親友としてな」

「白々しいなぁ」

「だろ? まぁ、本当は止めろって依頼もあったんだが、それはお断りした」

「ふぅん。まぁ、僕の計画を知ってる奴なんて、そっちの業界には幾らでもいるだろうね。都合が悪い組織だって、当然」

「その通りだ。平和の言葉が無くなっちまったら、殺しの業界はてんやわんやだわな」

「お前もじゃん」

「俺ぁどうしてだって生きれるっつーの。こんだけ稼いでりゃあ、残りの人生遊んで暮らせるぜ」

「へぇ。お前そんなに稼いでたんだ」

「まぁな」

僕たちらしく、至極どうでもいい会話を交わす。まったく、本当なんでコイツなんだか。まぁ、もう誰にも会うつもりはなかったから、ここに来るとしたらコイツみたいな奴ぐらいだろうとは思っていたけど。

「ちゅーわけだ。俺には最早なんの不利益もねぇからな。ぱっと、ド派手にやっちまえよ」

「そうだね。……まぁ、殺し屋の親友と見届ける崩壊ってのも乙なものかも知れないし」

「だぁな」

「それじゃあ」

会話を終えて、僕は改めて腕時計に手を翳した。終わった後に残るものはなんだろう。世界は全ての暴力から解放され、全ての差別から解放され、全ての病から解放され、そして全ての悪しき感情から解放される。七つの大罪は、全てここに抹消される。平和の言葉が、その意味を失くす。戦争は、その存在を失くす。世界を苛む全ての不都合は、何もかも、根元から切り取られるだろう。

その向こうに残るものは、一体何なんだろう。生命か、モノか。

この崩壊が良いだけのものとは、僕はけして思わない。感情の欠落とは、つまり人間の中身を半分奪い去ってしまうことと同義だから。世界の不条理を、こんな形で取り除くべきではないと思うから。

だけど。それでも僕は、この崩壊を全うする。全て残らず、僕のエゴで。

勧善懲悪の物語であれば、僕はきっと討伐されるべき存在だろう。しかし世界は、どうやら僕に傾いた。ならば、後は終えるだけである。目的の達成の向こうに、僕の理由は存在しない。

じゃあ、皆。

さようなら。


「さよなら、世界」


僅かに力を込めた人差し指は、スイッチの陥没する確かな感触を、僕の脳に伝えてきた。

結果や如何に。勿論のこと次回に続きます。


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