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冬空。染め合い。

いつからか、なんて不毛な問いは必要ない。何処か歪な関係に成り下げたのは、他でもない僕だから。

そのくせ、手放したくないと足掻き、無理やりに取り戻して。そしてまた、僕は今度こそそれを捨てようとしている。


決行は明日だ。


「あら、久々に研究してるのね」

部室に入るなり、意外そうな声で明音さんが言った。失礼な、僕は日々研究者だよ。

「そうじゃないわ、ちゃんと発明に着手しているのが久々って言ってるのよ」

「そういえばそうかもね。最近何かとアイディアが浮かばなくてさ」

「そう。じゃあ、スランプは越えたのね」

「まぁ、そうなるかな」

答えて、僕はまた机に向き直った。嘘だ。アイディアが浮かばなかったわけじゃない。それを実践する必要が無かっただけである。僕の研究の最終目的は、最早秒刻みで達成される。というのは、少し大げさにしても。

これは最終準備で、普通の研究では無いのだった。平たく言えば、起動スイッチの調整だ。勿論、彼女に教えるわけにはいかないけど。

「ふぅん」

さして興味もなさそうに、明音さんは自分の定位置について昨日と同じ本を取り出した。挟んであった栞を外し、読書に移る。静かな空間に、僕がドライバーを操る音だけが断続的に響いていた。

「ところで、顕正」

「うん?」

「目玉焼きってどう見たって目玉じゃないわよね」

「また唐突にどうでもいいね」

この人の話題の振り方にはいつもびっくりさせられる。

「日本語を間違えてるわ顕正。そこはびっくりじゃなくてこっくりでしょう」

「なんで驚いて寝るんだよ」

「それと、目玉焼きの名を考えた人ってどうかしていると思うわ」

「清々しいくらいに無視してくれるなぁ」

でも確かに、目玉焼きなんてセンスは最悪だと思う。それを口にするのだから、尚更。

「その誰かとはきっと気が合うと思うの」

「それは重畳だなぁ!」

どうかしているのはアンタもかよ。薄々でなく、気付いてはいたけども。

「それは失礼な認識よ。私はどうかしてるわけじゃないわ」

「じゃあ何か、自覚的に狂気を演じているって?」

「何勘違いしているの? 決まってるじゃない、どうかしてるんじゃなくて、そもそもこうしてるのよ」

「どうかしてるなぁ本当に!」

言葉遊びにもなっちゃいなかった。こんなのはただ言葉に対する冒涜だ。言葉誹りだ。それにしたって、もう少しまともな回答があると思う。

ドライバーをいじる手を止めて、僕は完成した装置をポケットにしまった。器具を片付けて、最後の会話にでも興じようかと明音さんに向き直る。

なるほど、研究部最後の会話相手は明音さんか。一応、美稲には書き置きを残しているけど。

「どうしたのよ、最後くらいは楽しもうみたいな顔して」

「!?」

え、ばれた!? 何で!?

「冗談よ」

「……あ、そ」

本気で動揺したのは悟られていないだろうかと気が気でない。この人は、最後まで僕を乱してくれる。思えば、最初の最初、僕を救ったのは明音さんだった。最後の話し相手には、なるほど相応しいのかもしれない。

「誰も来ないのね」

「そうだね。皆忙しいのかなぁ」

蒼ちゃんはまだ掃除当番の可能性があるにして、緑はどうしているんだろう。美稲はまだ療養中だから、学校に来ていないけど。

「ふん、まあいいわ。しばらくは貴方との会話に付き合ってあげる」

「それはありがたいね」

「から、取り敢えずコーヒーを買ってくるといいわ」

「ホワイ」

心の底からの疑念が口から滑り出た。なんでそうなった!?

「何言ってるのよ、私が貴方如きと会話してあげるのよ? 飲み物くらい買ってくるのは当然の帰結でしょう?」

「何処に帰結しているのか全く分からないんだけど」

「きっと貴方の心の中よ」

「それ綺麗に落としたつもりなのか!?」

「嫌な事件だったわね」

「逸らせてるつもりなのか!?」

「そう、あれは夏の暑い日。僕らが出会った、あの丘での出来事だった……」

「勝手にそれっぽいモノローグを語るのは止めてもらえますかねぇ!」

それは僕の役目だ。いや、勿論明音さんの話に繋げる気は無いけど。

「喉が渇いたわね」

「購買は一階だよ」

「喉が渇いたわね」

「購買は」

「一階よね」

「うん、近いからすぐに戻ってこれると思うよ」

「そう。ありがとう」

「……」

「近いからすぐに帰ってこれるのよね?」

「コーヒーでよろしいのでしょうか」

「微糖を所望するわ」

席を立つ僕。いい加減哀れさもここに極まれりだった。誰か僕を慰めてくれ。

研究室を出て手近な階段を伝い一階に下りる。意識的に一番安いコーヒーと一番高い紅茶とを買うと、僕は足早に部室へと戻った。

「買ってきたよ、明音さん……?」

呼びかける声が途中で疑問形に変わった。おかしい、彼女は、何処だ?

部員五人の部活にはそもそも広すぎるくらいの部室を一通り回ってみるが、明音さんの存在を確認することは叶わなかった。どこに行ったんだろう。まさか、帰ったのだろうか。……有り得るなぁ。

と、ポケットに入れっぱなしの携帯がバイブレータを起動して僕にメールの着信を告げた。確かな予感を持ってメールを開くと、予想通り、明音さんからのメールである。

『かえるわ。また明日』

「……」

また明日、か。人を遣いにやっといて帰るのはどうかと思う、とか、そんな感想よりも先に別離の思いが溢れて来た。また明日には、きっとならないだろう。僕はもう、ここに戻ってくるつもりは無いのだから。

奇しくも誰もいない部室に向けて、僕は一言、呟く。


「さようなら、研究部」


さよなら、明音さん。さよなら、緑。さよなら、蒼ちゃん。さよなら、すぅちゃん。そして、さよなら、美稲。


僕は明日、崩壊を決行する。

余ってしまったコーヒーを、どうしようかなぁなんて思いながら、僕は部室の鍵を閉めた。

何も言うまい、ということで次回を待っていただければと思います。


それでは、感想評価等頂ければ幸いです。

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