出発前夜。コインロッカー。
急遽研究部が合宿に行くことになってその前日。
部室にもいかず寝過ごす気満々だった僕の家をあろうことか午前も午前、朝九時半に訪れ、無理やりベッドからたたき落とすや否や、何の脈絡も、ましてや落ちて打った僕の後頭部を心配する素振りも無く、そいつは「出かけよ?」と呟くように言った。美稲である。間違いない。他の部員は僕ん家知らないし。
そうじゃない。なんで美稲がカギのかかった我が家の、さらに鍵のかかった我が部屋に侵入しているんだ。そしてその右手に握られた合鍵らしきものは何だ。断固抗議する。それを渡せ。
「だめ、オバサンに預かった。大事なものだから。顕正、早く着替えて」
僕と会話する気はないのか美稲。いや待て、おかしい、僕の部屋の、作った覚えのない合鍵をなぜ母が持ってるんだ。
突っ込みきれないのが日常だった。なにそれ嫌過ぎる。
仕方なしに、美稲を部屋から追い出して、ついでに大事そうに握り込む合鍵を抜き取って(これはどうせ母がまだ予備を持っているだろうから無駄な措置だが)、僕は着替えることにした。母の意志があって美稲がここまで上がってきている以上、僕に拒否権もとい交渉権は存在しえない。ここは萩野家、日本の国土から独立した治外法権である。独裁国家で独裁者は母だ、間違いない。証拠に、父は常に母の尻に敷かれている。逆らっているのを見た試しがない。それには、一応母が正しすぎるって理由も入ってはいるんだけれど。だがしかし、声を大にして言おう。断固叫ぼう。暴挙だ。
僕は適当に身なりを整え、外出用のバッグを引っ掴んで部屋を出るのだった。叫んだからって状況が変わるわけじゃない。僕は無力だ。
合鍵の件で発生した僕と母の醜く虚しい論争は割愛して、僕と美稲は現在最寄りの駅より二駅向こうの大型ショッピングモールにいた。跡が見えない場所に後遺症が残らない程度に殴られた腹部がまだ痛むが、我慢した。暴力反対。僕は平和主義なのだ。
「お腹空いてない?」
ふと、美稲が声をかけてきた。確かに朝食を食べていないせいもあってか空腹を感じる。そう伝えると美稲はどこか嬉しそうに肩から下げていたバッグからサンドイッチの入った小さなランチボックスを出して渡してくれた。サンドイッチはおいしかった。殴られた腹はいまだに痛かった。
対日差し用の組み立て式パラソルだとか、ビニールシートだとかを一通りそろえて、僕らは買い物を終えた。時刻はすでに昼時。故に、僕と美稲は大量の荷物を抱えてショッピングモール内のカフェにて昼食を摂っていた。カフェみたいなところで出てくる量のもので健全とは言い難いとはいえ男子高校生たる僕の腹が満たされるはずもなかったが、そんな文句は言ったところで何の意味もないから言わない。その分間食か夕食を増やすかすればいいだけだ。
僕は向かい側の席に座る、妙に機嫌の良さ気な美稲に声をかけた。
「買い物はこれで全部?」
「んー。そうだね、食糧以外は全部買ったよ」
まだ増えるのかよ荷物。
「ううん。食べ物は、生ものだと腐っちゃうからね、現地調達のつもり」
のんびりと、美稲は続ける。こんな性格のくせに、そういうところだけはしっかり押さえている奴なのだ、昔から。最も、それぐらいの能力が無きゃ天才にして天災たる僕の隣にいられるはずがないんだけどね。これは何の自慢でも無く、自嘲にすぎないけれど。
「そっか。じゃあ、これでもう帰るのな」
「……うん」
あ、ちょっと眉が下がった。分かりやすいやつである。
「どっか行きたいところでもあるの?」
「ゲームセンター」
「はぁ?」
美稲の返答に、つい素っ頓狂な反応をしてしまう。無理もない、まさか、美稲がゲームセンターなんていう単語を知っていたなんて……っ(僕も大概彼女を馬鹿にし過ぎている気がした)。
「なんでまた」
「ユーフォーキャッチャーっていうのがあるって聞いて」
「ああはい、UFO。わかったよ、じゃあ、荷物コインロッカーにでも預けて行ってみるか」
「うん」
穏やかに微笑む美稲。ゲーセンにつれて行くってだけでこの笑顔が見られるんだったら、これは役得と言うほか無かった。世界崩壊を目論む男のセリフではおよそ無いけども。
食事もマイペースな美稲がようやく食べ終わるのを待ってから、僕と彼女はフロア内のコインロッカーに荷物を預けて上の階にあるゲームセンターへと足を運ぶのだった。
初の前後篇です。次は「出発前夜。スッタァンガン。」どうぞお楽しみに。
書いてて楽しい小説っていうのは、心を安らかにしてくれると思うのです。
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