微糖とブラック。
僕は夏が大嫌いだ。暑いから。何より、食物が腐るから。忌々しい。
世間は海だのプールだの山だの帰省だのと騒がしいこの時期に、僕、いや、僕ら研究部員はと言えば絶賛部活動をしていた。昨日の修了式を終えてから一日、つまり夏休み一日目なわけで、今日から遊びの予定が入っていてもなんら不思議はないというのに、普段から全員そろうことが少ない部員が全員集合しているという現実。皆友達いないのかよ。
ただ、集まっているとは言え変人揃いの研究部である。
そんな面々が集まったからには当然何かしら事件が起きるのは必然で。……とまあ、しかし、そんな事件だか何だかも起こることなく平和である。あれ?
ぐるりと一周、部室内を見回してみる。三笠さんは相も変わらず僕の発明品のうち黒歴史に確定しているデザイン性も使用率も低い駄作ばかり何故かこころなし楽しげに眺めているし、美稲も準備室に閉じこもって何かしらやってるのだろう、向こうの部屋から明かりがもれている。あの閉所大好き人間め。
そして、あと二人。その二人は、実験室の机の一つを対角で挟んで将棋に興じていた。何やってんだよ皆して、という突っ込みはまたも目的なく発明を重ねている僕にはおよそ言えたことでは無いので言わずに秘めておくとして、あの二人について、そろそろ紹介をしておこうと思う。
平坦な表情で黙々と将棋を指す、優勢な方の黒髪の少女を赤坂 蒼、一手指すたびにコロコロと表情を変える完全無欠に劣勢な方の亜麻色の髪の少女を赤坂 緑と言い、名字から察せる通り、双子の姉妹だ。彼女らは一年生で、両者ともこの春に入部したばかりの新入部員である。
顔の造形だけよく似た全く性格の違うこの双子が研究部に入ったのには、とある経緯があった。
春先、比較的部活動に力を入れているこの学校では、この辺りの他校より新入生の呼び込みが大規模で、毎年入学式の直後には昇降口から校門までがさまざまな部活の勧誘員で埋め尽くされる。
が。
勿論そんな恒例イベントにはまったくもって参加する気のない研究部はその日ものんびりと、しかも三笠さんを除いた二人で活動していた。二人で活動と言っても、さらに研究に打ち込むのは僕だけで、やっぱり美稲は準備室にこもっている。
と、そこにやってきたのは二人組の少女である。言うまでもなく、この二人こそが赤坂姉妹だったのだが、その時の僕が彼女らの名前を把握しているわけが全くなく、物好きな一年生が来たものだと思いつつもパイプ椅子を出して見学を迎え入れた。
第一印象から、蒼の方は寡黙で知的に、緑の方は天真爛漫で阿呆っぽく見えていたのだから、僕の慧眼も中々恐るべきものである。
さて、それはさておき折角の見学者、しかも一つ下の学年には部員がおらず、僕らの代が卒業してしまえばこの部は廃部なんていう状況だったのだから、歓迎体制ににも気合が入るのは詮無きこと、というわけで、コーヒーによる懐柔を試みる。
僕なりの先入観からフラスコでコーヒーを淹れようと思い立ち、湯を沸かしている間に一年生二人に背を向けたまま、「砂糖とミルクは?」と尋ねた。予想通り「砂糖三杯」という声と「ブラックで」という声の二種類が返ってきて、僕は若干笑いをこらえつつこれは普通のティーカップにコーヒーを淹れる。注文通りに一方には砂糖を淹れ、依然として黙っている一年生両名に集中のカップを手渡した。
この時どちらが砂糖二杯なのかを確認しなかった僕を誰が責められようか。見た目による先入観を完全に捨てることなんて出来ようもないのだ。いくら僕が慧眼を持っていようと、限界は誰にでもある。
「「ぶっごほっ!?」」
なので、両者が一斉に噴き出した時、流石の僕もあっけにとられることになった。
後に分かることなのだが、蒼はとてつもなく甘党、緑は逆に味覚だけは大人びていて、この時僕が渡したコーヒーは、見事に逆にわたっていたのだ。
というわけで、彼女らが部員に加わったのである。意味がわからないだろうけど、赤坂姉妹に尋ねてみると毎度例外なく「あのコーヒーが決め手です」と答えるのだから、僕にこれ以上の説明は出来ようもない。
勘違いしている人がいるかも知れないから、言っておこう。
これこそが、このふざけた、意味のわからない空気こそが、我らが研究部なのだ。異論は認めない。
何はともあれ、夏で、夏休みだ。僕ら研究部も、何かしらやってみるのもいいかもしれない。
意味がわからないのは作者たる俺も一緒なので、突っ込みはご遠慮いただけると幸いです(笑)
登場人物の紹介をようやく終えたので、次回からはきっと、きっと! まともに日常が始まると思います。お付き合いいただければ光栄至極です。
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