距離。向かい側、一メートル。
冷水を怯まず顔面にぶっかけて、頬を張る。パチンと軽快な音がして、身を引き締めるとともに若干痛かった。つくづく加減出来ないやつだ、僕は。
なんとか気合いを入れて、三分強も立ってようやく僕は明音さんの待つ席へ戻る。対面に座って、ばれないようにそろっと、彼女の顔を窺ってみた。
「……」
あ、駄目だ、ちょっと不機嫌でいらっしゃる。最初っから僕がこんな態度なんだから仕方が無いだろうけど。何とかしなくては。
「えぇと、明音さん」
「な、によ」
一瞬つまった風に、明音さんが憮然と応えてきた。引いちゃだめだ引いちゃだめだ。
「ゴメン、なんか最初っから混乱しちゃってさ」
「ふん、計画の薄さが露呈したのね」
「ああいや、そうじゃないんだって」
「……じゃあ、なんだって言うのよ。折角デートなのだし、期待していたのに」
「明音さんが、なんていうか、予想以上に綺麗だったから、というか、可愛かったから、といいますか……」
「…………そう」
そこでうつむくのは反則だと思うんだよね僕は。しかも、本人は隠しているつもりなのだろうが、僕の位置から余裕で明音さんの表情が見える。真っ赤に頬を染めて、ただ、どことなく口元を綻ばせて。早くも喜んでいただけたみたいだが、こっちの心臓にも少し気を使って欲しいものである。折角治まった動悸がまた出てきかけたじゃないか。
はたから見たらどう考えても変なカップルなんだろうなぁそもそもカップルに見えるのかなぁなんて思いながら、注文した料理の到着を待つ。その間ようやく慣れてきたのかちらほらと会話を交わすようになり、料理が来るころには、いつも通りの会話を交わせる程度には回復していた。
「そういやさ、着替えの件。予め言っておいてくれれば明音さんの家まで着いていったのに」
「ああ、それなら良いのよ、ていうか、来るなってとこね」
「え、それまたなんで」
「……私の母には会わなかったのかしら?」
「あー……」
頷く。なるほど、確かにあの日、あの母親にはめられたせいで、明音さんは隠していたはずの気持ちを僕に知られてしまったわけで。そんな危険人物に、僕とのことでこれ以上干渉されたくないと、そういうことなのだろうか。となればこれまた、僕としては冥利に尽きるといいますか。明音さんレベルの女の子に好意を抱かれて気分を害する男なんているはずがないし。というか、いるとすればそいつは疑いようも無くブス専だ。綺麗なだけ、とか可愛いだけ、とかは良くいるけど、綺麗でその上超絶可愛いなんてそうそういないのだから。この人は色々と反則である。天然でツボを押さえ、表面の性格は超ドS。嫌おうにも嫌えないのはこれいかに。
「まあ、なるほど、理解したよ。確かにあの人にはやられた」
「でしょう」
あの時の羞恥心が微妙によみがえったのか、少し目を逸らしながら明音さんが言う。でもね明音さん、多分君も将来はあんな風になってると思うんだよ……とは、流石に言えなかった。そのくらいの空気は読めるつもりだ。つもりだけど。
「む、貴方のセンスにしては、中々良いわね、この店……」
運ばれてきた料理を一口食べて、明音さんがそんなことを言う。失礼だよ、と、僕そんなに信用ないんだろうか。センスに関しては、明音さんにだけは言われたくないのだけど。
「今何か失礼なこと考えたわね」
「! 気のせ――――」
「罰よ、一口貰うわ」
弁解の余地も与えず、明音さんはひょいと、僕の皿から少しだけ、食べかけの料理を持っていってしまった。制止の間も無くあっさりと口に含む。……間接キスは良いんだ。褒められるのは恥ずかしいんだ。変な人だなあつくづく。ちなみに僕はどう転んでも間接キスのが恥ずかしい。こないだも緑に、あろうことか自分からキスしてたじゃないか、とか言われてしまえばそれまでなんだけど、あの時は、あれはなんていうか、仕方なかったんだ。
「ん、美味しい……」
明音さんの呟きが聞こえて、なんかもういいやと思った。僕の目標は彼女に楽しんでもらうこと、あわよくば彼女の、心から嬉しそうな顔を見ることだから、うん、その笑顔が健在なうちは何の問題も無い。うんうん、と連続して一人頷いていると、あたり前だけど、「トチ狂ったのかしら」なんて容赦のないご指摘を食らってしまった。
彼我の距離は、テーブル挟んで、一メートルと、あと少し。
デート編第二弾。楽しんでいただければ嬉しいです。
「どういう展開がみたい~」だとか、「誰それの出番が少なくないか?」などの意見が御座いましたら、この作風故極力応じられると思うので、気兼ねなくご要望ください。全力で実践する所存であります。
それでは、感想評価等頂けると幸いです。




