初秋。傾倒。
「デートは明日にするわ」
僕と赤坂姉妹しかいない部室に入ってくるなり、明音さんの第一声がこれだった。
歓談にふけっていた空気が一瞬にして変わる。僕以外の三人の視線が、無言のままにこちらに向かっていた。明音さんの脳内辞書に「自重」の二文字を刻みつけたい心境である。
「安心しなさい、自嘲と自虐と嗜虐なら入ってるわ」
「最初二つは発音と意味から分からなくもないけど、最後のは明らかに君の趣味だ」
冷静かつ迅速な突っ込みに、しかし明音さんは何一つ答えずに定位置の席につく。この人、地雷まくだけまいていきやがった……。その上、どう見たって今後繰り広げられるであろう問答に参加する気配が欠片もしない。はた迷惑な人だった。人間兵器と言って差し支えないレベルである。
ため息一つ、今にも睨みつけんばかりの剣幕、ていうかすでに睨んでいる緑に向かって、僕は手のひらを向ける。どうぞ。
「デートって何?」
単刀直入に根幹の質問を頂いた。流石緑、なんていうか、直球だ。
「男女で、もしくはおどけた場合のみ(と信じたい)同性二人で出掛けたり、まあ、遊んだりすることだと僕は認識してるけど」
「うん、それは知ってる。で、どうしてデートするの?」
誤魔化しきれなかった。蒼ちゃんの方に若干救いの手を期待した視線を送るが、全く自然にスルーされた。どうにかして話題を逸らせなくては。
「そうだ、デートと言えば緑。こないだ明音さんにあの件で何かされたらしいけど、なんだったの?」
「っ! ……」
あっさりと「誤魔化すな」くらい言ってきそうなものなのに、しかし緑は目を見開いて、その後小刻みに震えだしてしまった。え、え、なに? これ鬼門? まさか明音さん、思い出すだけでトラウマになるようなことしたの!?
「あぁ、もう、だめじゃない顕正」
と、無関心を決めつけていたはずの明音さんが、唐突に僕たちの方に寄ってきた。うすら笑いを浮かべて緑を眺めている。
「折角、忘れさせてあげていたのに、ねぇ?」
にこぉ、と効果音でもなりそうなくらい壮絶に素敵な笑みを作って、明音さんはひどく楽しそうに言う。明音さんの笑顔はどうしてもこう言う時の方が魅力的だ。可愛らしい笑顔もするにはするんだけどなぁ。慣れちゃったのかなぁ僕。嫌過ぎる。
「大丈夫、またすぐに忘れさせてあげるわ」
緑の耳元に極端に唇を近づけて(超エロい)囁き、明音さんは一度ふぁんしーゾーンに足を運ぶと、中からヘッドフォン型の装置を取り出してきて、接続されているマイクに何事か吹き込み始めた。
「あなたは何もされていない、あなたは別に、オヨメに行けなくなるようなことはされていない、とても綺麗な身体を保っているわ……」
「……えー」
思わず呟く。あれは確か「ダマソウカ」君で、「だませーる」君の簡易型として試験的に作ったら例によって彼女に毒々しく塗り潰された奴だ。……まさかあの人、自分に都合のよさそうな発明品を塗っていってるのか?
「あたしは、されてない、何も……」
「そうよ、あなたはなんにもされていないわ。なんにも。大丈夫、安心して。あなたは何もされていないから……」
最早呪いめいた囁きを始めた明音さんを遠巻きに見つめることにする。駄目だこの人超怖い。それでまれにしかみせないくらい楽しそうな表情をしてるのだからどうにも救いようが無かった。否、救われようが無かった。僕とか、緑とか。
「あ」
洗脳も終わりに近づいたころ、明音さんは何事か思い出したように手を打つ。
「そうよ、思い出したわ。あなたは確か、ならず者三人に生の肌を好き勝手いじられたんだったわね……」
「あ、や、やあああああああああああぁぁぁぁっ!!」
「なんてことを言うんだアンタは!!」
慌てて緑の頭からヘッドフォンを外し、ぐったりと倒れかかってきたその体を支えてやる。一瞬過去が誇張されて思い出されたのか僕の腕に一瞬怯え、しかしそれが僕だと理解すると、緑は安心したかのように身を預けてきた。駄目だよ緑、僕を信用しちゃあ。襲う襲わないじゃなくて、この場合、明音さんから守りきれる自信があるかないか。ぶっちゃけ、これっぽっちも無い。情けないと言いたきゃ言え。
「あら、壊れちゃったわね玩具」
何でもないことのように緑を玩具扱いしやがった。この人は本当に、鬼畜過ぎる。
「まあ、今のは人間的によく無かったわね。人の嫌な思い出につけこもうとするなんて」
「君だよやったのは」
げんなりと僕は答える。しかし今回はさしもの彼女も反省したのか、思案顔でうつむいていた。これだから、嫌えないのだ。
「顕正、私の事見下げたかしら」
すこししょんぼりした風に言われては、軽はずみに頷くことなど出来ようも無かった。でもこの場合でもこの人、半分わざとのセリフだと思う。
「別に、見下げたりはしないよ。ちょっとやり過ぎだとは思うけど」
「ええ、後で謝ることにするわ。目覚めたら、だけど」
「怖いこと言うなぁほんとにっ!」
目覚めない可能性なんて無いよ! ……多分っ!
「そう、まあ、貴方の発明如きで精神凌辱など、完成させようもないわよね」
「聞き捨てならないっ! けど今回は否定しちゃいけない!」
部が悪いにも程があった。ちなみにある種聡明な蒼ちゃんは、最初から関わらないように一人読書に耽っている。一番正しい距離と対処法だった。見習いたい所存。無理だろうけど。
「それじゃあ、明日デートだから何か考えておきなさい。場所も経路も、全部貴方に任せるから」
「わかりました……」
「サー・イェッサーでしょう?」
「なんで!」
「冗談よ」
ふふっ、と最後に、最後だけ心から楽しそうに笑い、明音さんは席に戻ることなく部室を後にした。最初から僕に明日の予定を伝えに来ただけらしい。後は、うん、緑の反応を楽しむためだけだったんだろうな。
明日、か。うん、何か考えておかないとなぁ。緑の時とは違って、なんのプランも無かったらどんな目にあわされるか分かったもんじゃない。
大きなプレッシャーがかかっているというのに、どこか楽しみでもあって。僕ってMなのかなと、半ば真剣に悩みかけた。
久々のおふざけ会話回です。明音さんとの絡みは非常に書きやすくて助かります(笑)
それでは、感想評価等いただければ幸いです。




